goodbye,youth

増子央人

2020.03.10

白線を引くときにこぼしたと思われるペンキが鶴のように見える場所がある。ほとんど毎日その道を通る。スタジオからの帰り道、今日もその白線から1円玉程の大きさの鶴が飛び立っていた。立ち止まって足元のそれをしばらく見ていた。決められた線から自由に飛び立つその勇ましい鶴が好きで、よく立ち止まって見る。白線から飛び立つ鶴。いつも勇気を貰う。

先週の金曜日、昼間の青空に白い月が見えた。子どもの頃、なんで昼間に月が見えるのかよく父に質問していたことを思い出したが、父からの答えを思い出すことができなかった。気になって調べると、月はとても明るく輝く天体なので、昼であっても空の明るさに打ち勝って見えることがあります、と書かれていた。青空は、実はそれほど明るくないのかもしれない。

去年の12月、バイト先で子どもの送迎中、雨上がりの夜空に満月が見えた。その満月が雲で隠れた瞬間を車の窓から見た子どもが、驚いてるような、喜んでいるような、そんな顔をしながら、「増子先生、ぼく、月が雲に隠れる瞬間を初めて見ました。」と言った。その子の目は星のようにキラキラと輝いていた。すぐに忘れてしまう可能性もあるが、この子はこのことをきっと一生覚えているんだろうなと勝手に思った。人の初めての瞬間は、こんなにも眩しく輝いているのかと、こっちまで嬉しくなった。

忘れたくないことを忘れないために文字にして、それを文章にすると、出来事がくっきりと輪郭を持ち、手で掴めるようになる。それをポケットに入れたり、なくさないように引き出しの中にしまったり、人に渡したりもできる。その感覚が好きなんだと思う。