goodbye,youth

増子央人

2026.04.18

家から最寄り駅まで歩いていると、前から1人の男の子が歩いてきた。彼はおれがよく飲みに行く先輩の息子で、近所に住んでいるのでよく会う。今から友だちと公園で遊ぶねん、と言っていた。たまたま方向が同じだったのでその公園までいっしょに歩いた。少し話していると彼の友だちが続々と集まってきたので、んじゃ楽しんで、と言っておれは公園をあとにした。

彼と少し前に話したとき、どんな話の流れだったかは忘れてしまったが、あんまりおれのこと舐めんなよ!と言われたことがある。思わず笑ってしまい、ごめんごめんと謝ったが、彼とは小学校に入る前からたまに遊んだりしていたから、なんだか感動したのを覚えている。すごく大事な感情が彼に芽生え出しているんだと思った。

先週の土曜日、メンバーみんなで日本のプロバスケットボールチーム、バンビシャス奈良のホーム戦を観に行った。おれはたまに観に行っていたが、えーすけとなおてぃは人生で初めてバスケの試合を観ると言っていた。おれはハーフタイムにフリースローチャレンジをしたが、3本とも外して、レイアップチャレンジに変更してもらうというバスケ経験者としては何とも恥ずかしい結果に終わった。その日の夜夢に見るぐらいには悔しかった。

おそらく10年程前、大和西大寺駅の前でバンビシャス奈良のスタッフがチームの情報をプリントしたうちわを配っていた。何も知らずに受け取ったおれは、うちわに書かれた情報を見て、初めて地元奈良にプロバスケットボールチームがあるということを知った。Age Factoryもその頃ライブハウスでフライヤーをお客さんに配ったりしていたので勝手にシンパシーを感じたし、なんとか色んな人に知ってもらおうとしているバスケチームが地元にあるということに凄く感動したのを覚えている。

そのあと初めて観に行った試合は勝ったか負けたか覚えていないが、あのコートに立てることがどれだけ難しいことか、どれだけの努力を重ねてきたのか、とか色んなことを想像して、色んな感情が混ざり合って、試合開始のジャンプボールの時点で涙が出そうになるほど感情が昂った。そうなるのが早すぎて自分でも引いた。

他にも、中学の頃よく練習試合をしていた他校の上手くて目立っていた先輩がバンビシャス奈良でキャプテンをやっていた時期があったり、高校の頃おれに色んなことを教えてくれたバスケ部の先輩がバンビシャス奈良にスタッフとして関わっていた時期があったり、色んなことが勝手に自分の中だけで重なっている。

つまり先週の土曜日は、また勝手に新しく重なった1日だった。初めて試合を観たえーすけとなおてぃが凄く楽しんでいたことも、勝手に嬉しかった。

今年は気がつくと桜が満開になっていて、毎年のようにまた雨が降って、気がつくと散っていた。少しずつ気温が上がってきている。来月にはまたツアーが始まる。

 

 

 

2026.03.12

少し前、久しぶりにいつもの喫茶店へ行くと、カウンターの目の前にある水槽にいた名前のわからない大きな魚がいなくなっていた。そんなに思い入れもなかったのに、なぜかわかりやすく気持ちが沈んだ。小さなエビ、岩に張り付く茶色い魚、あいつらだけでは水槽の中がどう見ても寂しかった。長居しようと思っていたのに、頼んだアイスティーを飲み干しもせずに帰った。

この日は奈良公園が146年目の誕生日だったらしく、夜に打ち上げ花火があがった。いつもの居酒屋で飲んでいると、ドン!ドン!と打ち上げ花火の音が聞こえてきた。トイレがある2階に上がり、窓を開けると建物の向こうに少しだけ花火が見えた。冬の打ち上げ花火は空気が澄んでいるおかげで綺麗に見えるから良い。窓枠から季節外れの風鈴が吊られていた。

起きたら家に財布がなく先輩から貰った焼きおにぎりが枕元にあった日はこの日だったか、起きたら洗濯機の上のつっかえ棒が落ちていた日はこの日だったか、勝手に名前をつけている近所の猫を無視した日はこの日だったか、細かいことは忘れた。

松本ALEXでG-FREAK FACTORYと、梅田QUATTROでART-SCHOOL、LOSTAGEと、恵比寿LIQUIDROOMでDragon Ashと、最近は昔から尊敬する先輩たちとの夜が続いた。どの日にも違う感動があり、良いライブを観ることが自分にとってどれほど大事なことなのか、改めて気付かされた。良いライブを観ると笑ってしまう。日々生きている中で、あんなに自然体で笑顔が溢れてしまう瞬間はそうない。ライブ後は勝ったか負けたか、本来なら音楽にとってどうでもいいようなことばかりを考えていた。音楽にとってはどうでもいいことだが、ライブにとってはどうでもいいことではない。対バンライブはわかりやすくて良い。明確に同じステージに立つ相手がいる。

今はAGE APARTMENT TOUR中、今日は川崎CLUB CITTAでツアーファイナルがある。ワンマンライブ、ましてやFC TOURでのワンマンなんて、去年もやったことだが、連日の対バンライブも相まってか、どんなモチベーションでやるべきなのかあまりわからないまま迎えた初日、ステージからみんなの表情が見えて、声が聞こえて、腑に落ちたような、何かから救われたような、全身の毛穴から煮詰まった空気が抜けて身体が軽くなったような、そのときの気持ちを表す適切な言葉が見つからないが、とにかく不思議な感覚になった。ありきたりな言葉だが、ありがとうと心の底から思った。

今日はただ、バンドでライブすることを楽しみたい。一番最初に音を鳴らしたときはそうだった。

 

 

2026.02.03

突然ライブがなくなると、ソワソワしてやたらと酒を飲みたくなる。いつも酒を飲みすぎてもいい理由を探しているだけなのかも、とも思うが、そのときの気持ちになるべく身を任せて生きていたいので、もうこれは仕方がないことなんだと無理矢理納得して、いつもの居酒屋へ行った。

ここ最近の奈良の街は相変わらずで、朝方まで飲んで家まで帰る途中に鹿がまるで野良猫のような顔をして曲がり角から現れたりする。この前東京でいっしょになったよーじくん(Yohji Igarashi)にこの話をして、そのときの鹿の写真を見せたら、そんなに?と思うほどウケた。後日、あの写真が忘れられないから送ってほしい、と連絡が来たほどだ。そんなに?と思いながら、ウケたならよかった、と思いそのときに撮った写真を全部送った。

決して、決してそんな日々ばかりではなく、ライブがないときにはたまにみんなで事務所に集まって、新曲を作っている。特にリリースする予定も決まっていないが、新しくできかけている曲のどれもが素敵で、この曲たちをライブでしたときの想像をよくする。あのハコで、あの野外ステージで、もしかしたら武道館で、この曲を鳴らしたらどうなるんだろう、完全にヤバいっしょ!みたいなことを思いながら帰路に着く。もう何回目かわからない。

先日ネバランで観たLOSTAGEのライブが最高だった。

近所の野良猫がどんどん太っている。周りに優しい人たちがいるのだろう。

飯が旨い居酒屋をまた新しく見つけた。

いつもの居酒屋で、客が自分以外いなかったこともあり、ほとんど話をしたことがない大将と2人でいろんな話をした。初めて聞いたが、この土地で40年近く店をやっているらしい。リスペクトの気持ちがより大きくなった。話が盛り上がって、帰る予定の時間を大幅に過ぎてしまったが、こういう時間が好きなんだと改めて思った。

 

2025.11.22

Sono nanika in my dazeのツアーが終わり、奈良に帰ってきて数日が経った。 

ファイナルの打ち上げは凄まじいパーティーになり、いつもの場所で朝まで飲んだ。ライブに来ていた友だちも沢山来てくれてDJをしてもらい、踊り明かしていたと思えば酔いすぎて何故か喧嘩になり、ソファで死体のように寝るやつ、記憶のないままテキーラを奢り続けるやつ、最後にはアツい話をして涙を流しながら四つ打ちに踊るやつもいた。様々な理由で全員の気持ちが昂っていたんだと思う。他人事のようにこれを書くおれは死体のように寝る、以外のほぼすべてをしていたと後日なおてぃから聞いた。その日はシェアハウスのような一軒家にみんなで泊まっていて、打ち上げが終わっていつその場所に帰ったのかもわからないが、チェックアウトの10分前に事前にかけていたアラームで起きると、なおてぃは何も動けないまま布団の上に座り込み、オシャレな純喫茶で流れてそうなジャズを流したままただ一点を見つめていた。笑いながらその様をiPhoneで撮影していると、隣の部屋から「もう2時間ぐらい気持ち悪い、殺してくれ」とえーすけの太い声が聞こえた。ツアーが本当に終わったんだと実感した。

このツアーでのライブ中、ライブハウスの中はまるで星空のようだった。"海に星が燃える"の歌詞に「青い闇に光 星の中をSwimming」という箇所があり、ダイブする人たちが星空を泳いでいるように見えた。歓声を浴びた汗が光に反射して一瞬光る様は、すぐに消えてなくなる流れ星のようだった。3つの願い事をあの瞬間に唱えるなんて無理に決まっている。振り返ってみればそれぐらい、このツアーは一瞬で終わった。

来年の11月8日、日本武道館で単独公演を行うことが決まった。ツアーファイナルでそのことを発表した。小学生の頃に教室でいつも、届くわけのないリングまで飛んでダンクシュートができるようになった自分を想像していたように、日本武道館でライブをする様を何度か想像したことがあった。別にいつも想像していたわけではないし、メンバーで話し合って目標と決めていたわけでもないが、ふとしたタイミングでいつか、いつかと妄想していた。ステージから来年の武道館公演を発表したとき、歓声の中、えーすけが一瞬振り向き、メンバーの顔を見て小さく頷いた。また始まるんだと思った。

手の届かないような高いところまで飛んでみたい。昔からずっとそれだけだった。

ツアーが始まる頃には暑さに苛立っていたのに、いつの間にか奈良の街で吐く息が白くなっていた。そう思っていたのも束の間、今日は明日のライブのために台北に来た。この土地は長袖一枚で過ごせるほどの気温、奈良とは違う、好きだった漫画の風景に近い街並みを見ながら歩いているだけでいつもより酔いがまわるのが早い気がする。

 

 

2025.09.30

2週間ぶりに奈良に帰ってきた。ツアーは4本のライブハウス編を終え、10月の半ばから初めての5大都市ZEPPツアーが始まる。初日の岡山YEBISU YA PROでは、初めて人前で新曲をやるあの独特の緊張感と高揚感がフロアとステージの両方に溢れていた。2本目の高松DIMEでは少し余裕が出てみんなの顔がよく見えた。3本目の仙台RENSA、4本目の金沢EIGHT HALLでは凄まじいフロアの熱量に心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。ドラムを叩きながら何故か、地元の友だちのこと、昔応援してくれていた人たちのことを思い出した。手に力が入っていくのを感じた。千切れるような声で叫ぶえーすけに呼応したのかもしれない。各地で今持っているもの全てを出し切った。

あんなに暑かった夏も少しずつ終わりに向かっている。あまりの暑さにいつもこれが一生続くんじゃないかと思ってしまうが、ちゃんと終わりが来る。毎年そのことを忘れそうになる。ステージ上でえーすけは夏が好きだと言っていた。おれは夏が嫌いだが、彼が歌う夏は好きだなと思う。

涼しかったので新しく買った長袖を着て外を歩いてみると、清々しい気分になった。いつもの街は色、匂い、音が変わって、空が少し広くなっていた。この街は変わらないでほしい。昔友だちに、お前は変わらんでくれよ、と言われたことがある。今の自分を肯定されている気がして嬉しかったが、その言葉を呪いのように感じるときがある。変わらないものなんてないのに、この街には呪いをかけたくなる。それほどこの街のことが好きなんだと思った。

 

 

2025.09.05

8月が終わったというのに皮膚が焼けるような日差し、外にいるだけで汗が吹き出てくる。夏はまだ終わりたくなさそうにゆらゆらと向こう側の景色を揺らしている。ほとんどの休みの日を酷い二日酔いで過ごしていた気がする。8月中にやろうと思っていた、ぼく夏2を終わらせる、季節風 夏を読み切る、ジムへ行く、などのことは暑さのせいにしてほとんどできなかった。

朝起きると窓の向こうから雨音が聞こえた。台風が来ているらしい。土砂降りの中、傘をさして集合場所まで歩いていると去年の野音も台風で酷い雨だったことを思い出したりした。靴が濡れて少し気分が下がってしまったが、今向かっている岡山の街は夜には晴れるらしい。9月はライブハウスで、10月は初めての5大都市でのZeppツアーが始まる。ツアーが終わる頃にはさすがに涼しくなっているだろう。2025年にZeppツアーをまわるようになっていることは、やることがなくカップ麺の容器で小さな向日葵を育てたりしていたコロナ禍の夏には想像もできなかった。来てくれる人たちがどんな想いでおれたちのライブに来ているのか、正直理由なんてなんでもいいが、色々なことを想像すればするほど腕に力が入る。1本1本、1打1打を大切に繋いでいきたい。

いつの間にか雨は止んで、雲の隙間から青空が見えた。濡れていた靴下も乾いてきた。雨も似合うアルバムだし、このツアーの始まりらしくてこれはこれでいいか、なんて家を出たときは思っていたが、やっぱり晴れていたほうがいい。始まってしまえばすぐに終わりが来る。この先起こること、目の前の景色、声や感情、気温や匂い、なるべく忘れないようにしたい。

Sono nanika in my dazeのツアーが始まる。

 

 

2025.07.18

おれは1人飲みが上手すぎる。長年の酒飲み嗅覚により、各地で良い居酒屋を見つけまくっている。今日は札幌で素晴らしい居酒屋に出会った。そこに着くまで、想像より遥かに暑い札幌の街をふらふらと歩きながら一昨日リリースされたAge Factoryの「Sono nanika in my daze」を聞いた。おれはAge Factoryの大ファンなんだと改めて思った。

えーすけはライブのMCや一緒に受けた今作へのインタビューで何度も、 Songsはみんなのために作ったが今回のアルバムは自分のためだけに作ったと言っていた。人の頭の中にはそれぞれの宇宙がある。思考や想像力には果てがない。自分のためだけに作ったものが、実は何よりも広く深く、想像力を掻き立てるものなのかもしれない。アルバムの最後の曲、 Sono nanika in my dazeを聴いてそう思った。この曲が完成したとき、初めて曲としてそれを表現できた気がして不思議な気持ちになったのを覚えている。歌だけ、ギターだけ、ベースだけ、ドラムだけ、それだけでは確実に届かない場所に、バンドだから届いた気がしている。

ぼーいやりょーな、色んな人が協力してくれてできたこのアルバムを愛し続ける。

酒がまわってきたのでこの辺にしておく。

 

2025.06.25

奈良では蛍が飛ぶ季節になった。毎年見れていたのに、ここ3年ぐらい蛍を見ていない気がする。夕立、入道雲、陽炎、そういったものが現れ出して、急に街が夏めいている。とにかく暑過ぎる。

GOBLIN TOURという大切なツアーが終わって、その他にも呼ばれたライブやフェスが数本続いた。GOBLIN TOURでのENTH、PALEDUSKのライブ、本番前の空気、打ち上げでの馬鹿騒ぎ、フェスの打ち上げでの尊敬している先輩たちの言葉、朝まで踊った時間、すべてを宝箱に入れて、未来に持っていきたいと思った。

先日、奈良で13EACHのポップアップがあり、そのアフターパーティーに来ていた20代の男性に話しかけられて、少し話を聞いた。その人の高校生活はちょうどコロナ禍で、部活動で中学からずっと目標にしていた全国大会が中止になり、どうしようもない絶望感に苛まれていたとき、Age FactoryのPure Blueと出会い、そのおかげであの時期を乗り越えることができたと言っていた。おれも学生時代はバスケ部の活動にすべてを賭けていたので、彼の当時の気持ちを想像するだけで胸がえぐられるような気持ちになった。

Pure Blueはコロナ禍に産み落とされたアルバムだった。これはPure Blueの初回限定版のCDについてくるドキュメンタリー映像の中でも話しているが、あの時期、沢山のバンドマンがそうだったように、おれたちも途方もない絶望感、虚無感に襲われて、アルバムを作ることも、バンドを続けることも、もしかしたらもうできないかもしれないとすら思っていた。そんな中、スタジオで話し合いを重ねてなんとかできたあのアルバムに、おれも何度も救われた。あの頃、ニュースを何度も見て、学生たちが一番辛いんじゃないかとすら思うほどに、彼らの奪われた時間は何にも変えられないし、もう二度と取り戻すこともできない。勿論大人になっても違った形の興奮、感動は沢山作れるが、それはまったく別物だと思う。自分たちのことに必死で、何か力になれたらなんてそんな大それたこと、あの頃は思えなかったが、おれと同じように、あのアルバムに救われた人から直接その言葉を聞いて、涙が溢れそうになった。

ボトルメッセージのように、そのときの気持ちを閉じ込めた音楽が知らない誰かの元へ届いて、それが誰かの生活を救っているのだとしたら、そんなに不思議で尊いことはない。音楽にはそういった力があるんだと、この10年で強く感じた。

いつも行く焼き鳥屋の頑固な大将がまた弱気なことを言っていた。この店もあと数年ぐらいしかやれへんからね、なんてそんなことどうか言わないでくれ、と思うが、大将の年齢を考えると実際本当にそうなんだろうな、とも思う。もう二度とあの料理を食べることができない、なんて日がいつか来ることはわかっているが、なるべくそんな日が来ないでほしい、そんな子どもみたいなことをいつも思ってしまう。終わりのことは考えずにいつも通りの生活を過ごすことがその怖さを誤魔化す唯一の方法だと知っている。それとは関係ない気もするが、その日も飲み過ぎた。

 

2025.05.28

いつもの喫茶店の水槽にいる大きな魚はまたこちらを見ている。確実に見ている。おれがホットドッグを食べる瞬間にいつもこちらを見てくる。何の種類の魚なのかはずっとわからない。この前、昼過ぎに店でホットドッグを食べていると小さな子どもが母親と入店するなり「ばななじゅーすくださあい!」と言ってるんるんと飛び跳ねながら席に座った。そのあとにランドセルを背負った小学生が2人で入ってきて店のマスターと話をして帰って行った。「ここってオムライスあるん?あるんや、今度食べるわ!」そう言って10分程で帰って行った。子どもが気を許せる喫茶店は良い店だと思った。

最近青い自転車を買った。久しぶりに乗った自転車はとても気持ちよく、ペダルを漕ぐだけで爽快な気分になった。そう感じるのには今の気候が充分過ぎるほど関わっているが、風の少ない夜の街を自転車に跨って駆け抜けると、とても懐かしい気分になった。子どもの頃よくしていた立ち漕ぎはもうほとんどしなくなっていた。疲れたくないし、そもそも急いでいないからだと思う。あの頃は何をあんなに急いでいたのか、今振り返ってもわからない。立ち漕ぎをしなくなること、コンビニで無駄な買い物をすること、味覚が麻痺して食べられるものが増えること、これらはすべて大人になったという証であり、子どもたちに自慢できることではない。

Age Factoryの新しいアルバムが近いうちに出る。そして"0A"(ゼロエー)という自主レーベルも立ち上がった。えーすけがずっと前からやりたいと話していたことがようやく実現された。彼の覚悟の強さにいつも身を引き締められる。

少し前、LOSTAGEの拓人さんの家に遊びに行って飲んでいたとき、新しいアルバムが出ることを話した。マジで今回ヤバいです、今までで一番やと思うんす、とビール片手に話すおれに、お前アルバム出るときいっつもそれ言うてるやん、と笑いながら言われて、確かに、と思う反面、それって素晴らしいことじゃね!?と思いながらあーだこーだしょうもない話をして、案の定飲み過ぎた。

今日は新しいアルバムの曲をスタジオで練習した。完成した日から何度も聴いている。まだ知らない場所へ連れて行ってくれるような気がする。

 

2025.05.14

日曜日、奈良に着くと広い空に白い月が浮かんでいた。時計の針は夕方5時を回っていた。長距離移動に疲れて、コンビニに寄って晩御飯を買い家に帰った。

実際の星はおそらくほとんどが球体なのに、星のイラストはどうしてあの形なんだろうと気になって、今年の桜が全て散った頃ぐらいからずっと考えていたが何も答えが出なかった。何かの星の写真が光の加減でああいう形に見えたからなのか、ああいう形の星がもしかしたら存在するのか、色々なパターンを考えてみたがわからなかった。同じことを考えている人がいるだろうし、調べたらわかることだなと思って調べようとしたが、なんとなくやめた。すぐにわかってしまうということは、たまに悲しい。わからない方がいいということもある。

1日休みだった今日は事務所に最新のCDJが届いたとえーすけから連絡があったので昼過ぎに事務所へ行きなんとなく触ってみたが知らないボタンの多さと気温の高さに汗が止まらなくなってこのままでは買ったばかりの機材に汗を垂らしてしまうと思い触るのをやめた。何より前回DJをした日から何も更新されていない自分のUSBになんの面白みも感じることができなくてつまらなかった。夕方に大阪へ向かい、THE FOREVER YOUNGとさよならポエジーの2マンを観に行った。あの頃から変わったもの、変わらないもの、目の前の景色、飛び散る汗、血、涙、感情、その全てが素晴らしくて、想定よりも酒を飲みすぎた。なんとか終電に乗り、奈良へ帰る。

 

2025.04.30

春をテーマにした大好きな短編集に出会って、この春はその本をずっと読んでいた。読み進めていると、前の持ち主が栞がわりにしていたであろうルーズリーフの切れ端が挟まっていた。古本で買うとこういうことがたまにある。そのルーズリーフにはメモが書かれていた。何が書いているんだろうと思って見てみると、

・なめくじ

という箇条書きが一つ書かれていた。おれは生きてきた中でなめくじという単語を箇条書きで記したことは一度もない。意外性が良かったので、その栞はそのまま同じ箇所に挟んでいる。

4日前の土曜日には福岡でライブがあった。前乗りした日の夜、1人で入った居酒屋では割烹着を着た渋い雰囲気の大将が1人で料理を作っていて、どの料理も猛烈に美味しかった。BGMはスガシカオAKB48Perfume宇多田ヒカルという店内の雰囲気からすればミスマッチすぎる平成を彩る曲たちが流れていたが、飯の旨さと大将の雰囲気に持っていかれて、それすらもよかった。

美味い飯は食べるとなくなるのが悲しい。当たり前なことを言っているが、面白い小説もアニメもドラマもゲームも、終わりが近づくと悲しくなってしまう。今読んでいる春の短編集もそう、これを読み終えると今年の春は完全に終わりそう。そして舌が肥えていいことは一つもない。そんなに美味い飯ばかり食べれるわけでは勿論ないので自分の舌が肥えているのかはわからないが、舌が肥えるということは、美味しいと思う機会が減るだけだと思う。安いチェーン店のお通しですら感動できるのなら、その方が良いに決まっている。

居酒屋を出たあとに行った屋台ラーメンは美味しくなかった。欲張って福岡をできるだけ堪能しようとして失敗した。おれはよく、ちょうどいいところでやめられない。帰り道、ホテルまでの道にあった雑貨屋の犬の置物が悲しげな顔で地面を見つめていた。

次の日には仙台でライブをした。TRIANGLEも荒吐も、素敵なフェスだった。何年か前に奈良ネバーランドへ遊びに行ったときに仲良くなったThe Slumbersが荒吐で同じ日に出ていたので見に行った。最後の曲の音圧が上がる間奏に入った瞬間、強い風が吹いて花びらが舞い、おれの目の前にいた人の帽子が飛んだ。まるで音楽が風を吹かせたようで、気持ちよかった。

奈良に帰ると近所のずっと更地だった場所がコンクリートになっていた。夜、近所の公園には置いてけぼりをくらったボールがポツンと転がっていた。助走をつけて蹴飛ばしてやろう!と思ったが近所迷惑になるのでそんなことはせず、脳内で思い切り蹴飛ばした。 ボールはフェンスをぶち破りその奥のアパートの窓ガラスをパリーンと割って部屋に入ってしまったので走って逃げた。脳内で逃げていった自分の背中を追いかけるように同じ方向へ歩いた。情けなあ、と小さく声に出してしまい、誰にも聞かれていないのに恥ずかしくなって早歩きした。早くその場から立ち去りたかった。

事務所へ行くとえーすけから昨日死ぬほど飲んだやろ、と言われた。鏡を見ると二日酔いの顔をしていた。日が暮れると気温が落ちたので、家に帰り昨日着ていたパーカーを羽織ってもう一度外に出て少し歩いた。パーカーから昨日の匂いがした。

 

2025.04.17

AGE APARTMENT TOUR全3箇所を終えて奈良へ帰る。何年も全国各地へ運んでくれた機材車はエンジン冷却水が漏れてオーバーヒート寸前だったようで、高速道路のサービスエリアにレッカー車を呼ぶ羽目になった。スタッフに車に詳しいやつがいて、そいつが匂いで気付いてくれた。ハイスペックすぎて驚いた。ツアーの合間ではなく、ただ奈良へ帰るだけの日でよかった。空気を読んでくれたのかもしれない。レッカーで奈良まで運んでもらい、スタッフが修理に出してくれた。でも、元々中古で買い取ったものだったし、かなりの走行距離になっているし、もう次のツアーは無理じゃないかとなんとなく思った。乗り換えるタイミングが来たらしい。

ロックバンドがファンクラブなんてシャバいやろ、と思っていたおれはFCを作るという話が出たときあまり乗り気ではなかった。それでもFCというものはバンドを動かし続けていくための財源の1つになるし、おれたちのことを強く応援しようと思ってくれている人たちのことをより大切にできる場所になるならと思って賛同した。おれたちのことを良いと思ってくれている人たちの数を増やしていきたいのは勿論だが、バズりたいわけではないし、大切にするべきものを大切にするという、当たり前のことをやっているんだと、FC開設から1年経ちツアーを回って思うようになった。

今までずっと自分のためにドラムを叩いてきたし、今も根本は変わらないが、Age Factoryのライブが、曲が、誰かの生きる理由になったり、頑張る理由になったり、追い風のように背中を押したり、そういう事実があるということはちゃんと心に刻んでおきたい。だからやるとか、誰かの背中を押すためにとか、そういうことは思わない。理由はいつも自分の中にある。いつかそうじゃなくなる日が来るのかもしれないが、今はそれでいいと思っている。何より、そんな立派な人間ではない。でも、そういうふうに思ってくれている人が1人でもいるのなら、その気持ちにこちらも背中を押される。

いつも見る家が取り壊されていたり、よく行っていたスーパーがなくなったり、友だちの美容師が店を辞めたり、春になってまた町の景色が少し変わった。ほとんどの桜が散って、春の役目は終わりましたんでぇと言わんばかりに突然気温が上がり出した。今年は例年より暑くなるのが早い気がする。町の空気だけ変えてさっさといなくなる、なんて自分勝手な。もう少しで水田が太陽の光を反射して海のようにキラキラと輝き出す。緑の葉が町を覆って、また色が変わっていく。

 

2025.04.10

いつもの公園へ行くと入り口に地面が見えなくなるほどの桜の花びらが落ちていた。近くの木を見上げると葉桜になっていて、ここの桜はもう全部散ったのかと驚いた。近所の公園の桜は満開だったので、ここの桜は早くに咲く種類だったんだと思い、まあ桜はそういうもんらしいということを繰り返される春のおかげでわかるようになったので納得してベンチに腰掛けた。

少し歩いたところにある学校では新入生だろうと思われる生徒たちが早い時間に下校をしていた。学生時代のこの時期の感度の高さ、それを持ったままの日々は振り返ってみれば特殊な経験だった。大人になってもこの時期に新しい職場に入る人たちや新しい土地で生活する人たちは沢山いるし、新しい場所で生活する不安や期待感を持つことはあるのだろうが、おれはもうしばらくそんな春を経験していないので、春が来ても次に来る夏の憂鬱さを想像して少し嫌な気持ちになる。春の風は強いし、桜はすぐに散るし、大量の花粉で鼻が詰まって目が痒いし。

知らない奴らばかりの教室に入って新しい友だちができたり、嫌いな奴ができたり、好きな人ができたり、知らない先生、知らない校舎、知らない帰り道、自分だけの秘密の場所を探したり、あの頃のすべてを思い出すことはできないが、ぬるい風と街の匂いでそういう日々のことが頭をよぎって、あまりの青さに吐き気を催したが、ただ二日酔いなだけだった。

春が来ると思い出す好きな曲がある。サブスクには入っていなかった。今度実家に帰ったら、その曲が入ったCDは自分の家に持って帰ろうと思った。

今まわっているツアーでは、普段ライブでやらないような曲も沢山演奏している。大切な曲を大事に叩きたいと、一昨日の名古屋のライブ中に強く思った。

あの頃に比べて嫌いなものが随分増えたように感じる。歳をとってもなるべく眉間に皺が増えないよう、好きなものも増やしていきたい。

 

 

2025.03.13

外に出て少し歩いているとくしゃみが3回出たので、薬局へ行き花粉症の薬を買った。2000円以上の買い物をすると柱に掛かっている商品の中から1つ選んで持って帰っていいというシステムの店で、あちらから選んでくださいと店員に言われたのでその柱の前で商品を見ていた。ストラップや便利グッズが並んでいる中に手作り顕微鏡というものがあり、面白そうだったのでそれにしてみようかと思ったが、部屋にあるものを顕微鏡にセットして覗いて微生物が見えたら凄く嫌な気持ちになりそうだったのでやめた。無難な便利グッズを選んで店員さんにこれにしますと言い、ポケットに入れてスタジオへ向かった。

2月はライブが1本しかなかった。スタジオで新曲のフレーズを練習したり色んなバンドのドラムをコピーしたりしていると、煮詰まって手癖でただ叩きまくる時間が必ず来る。本を読んでいるときに気付いたら考え事をしていて読んでいた文章のことがまるで頭に入らずまた前のページから読み直すあの感じに似ている。無意識のうちにそういう時間が流れてしまう。削れて痩せ細ったボロボロのスティックは勿体無いので折れるまで頑張ってもらう。

昔、"ハイハットはドラムの中で唯一音符の長さを自分で調節できる楽器だから、ハイハットが一番大事なんだ"と教えてくれた、おれが一番最初にドラマーとして憧れた高校時代からの先輩と久しぶりに会って飲んだら、その人はもうバンドもしていないのにドラムのことをずっと考えていた。最近好きなドラマーやドラムがヤバいと思った音源なんかをその人から沢山聞いた。最近はその音源をよく聞いている。

少し前に始めたキングダムハーツはもう少しでクリアするところまで来たが、終わりが見えると急に悲しくなってプレイするのをやめてしまった。ぼくの夏休み2も結局、2年前の夏に初めてプレイしてまだ終わっていない。最後までやりたいのに終わりそうだなと思うとなかなか気が進まない。

2025年3月の頭、Age Factoryはレコーディングをしていた。2月はみんなで制作部屋に集まって新曲を作っていた。ドラムから録り、ベース、ギター、えーすけの声が乗って1つの曲になっていく様に脳汁が出て心が躍った。新しい景色を想像しながらいつもの家路を遠回りして歩いたりした。10年前、"手を振る"を録った頃と同じ気持ちで新曲の完成を待っている。

 

 

 

2025.02.04

朝起きて、もう何度も観ているチャンスの時間の過去回をスマホで流し、顔を洗って動きやすい格好に着替えて外へ出て縄跳びをする。終わったら部屋に戻って事務所へ行く準備をする。そういう日が続いていた中、HYPER PLANETがあった。同じことの繰り返しだとその日々の価値を感じなくなっていくので、かなり助かった。ただただ流れていく時間に身を任せていると人はあっという間に死ぬ。HYPER PLANETは幕張メッセで行われたCrossfaith主催のフェス。アフターパーティーは渋谷のclubasiaで朝まで行われた。Crossfaithとの思い出は沢山あるが、それらの思い出やあの日を振り返って細かく書くのも野暮だと思うほど、朝までCrossfaithらしいイベントだった。簡単に言うとサイコーだった。アホっぽく言うとマヂラブサイコー大感謝FOREVERという感じだった。またやってくれるらしいので、音楽が好きな人間はみんな行ったほうがいい。Crossfaithが最後に演奏したLeviathanで、ステージからフロアに向かって紙吹雪が舞った。ステージ袖から見た紙吹雪は照明に反射して星空のようだった。これがハイパープラネットか…宇宙やん…とかよくわからないことを思いながら見ていた。アフターパーティーのとき、CrossfaithのギターのKazukiくんにその話を熱弁してしまうぐらいにはアツくなっていた。とても優しく聞いてくれた。…結局振り返ってしまった。

この冬はなんだかんだ酷く寒い期間が短かったので、温暖化の影響かぁ、夏が来るのももう怖いかもなぁとか思っていたが、また大寒波が来るらしい。夏は北海道、冬は沖縄で暮らしたい。いつも来る喫茶店で初めてホットドッグを頼んだが、味のしない野菜ソースのようなものとマスタードが少しかかっているだけで、ケチャップがかかっていないタイプだった。もう二度と頼まない。薄味のホットドッグなんてドラムの生音を打ち込みで流してライブをするバンドのようなものだ。猛烈に物足りない。