goodbye,youth

増子央人

2021.02.24

朝起きると目が痒かった。タイマーで暖房を付けていなくてもベッドから起き上がる気になった。

土曜日に中津留とたまたま見つけた場所はとても好きな場所になった。そこからの景色が綺麗で、少し酔っていたのもあり、普段しないような話をした。その日は昼から中津留とかすうどんを食べて、部屋で好きな音楽を沢山聴いて、夜はkorekaraに飲みに行った。良い1日だった。

日曜日、奈良ネバーランドでれおなと話していると、最近ネバランでよくライブをしているアーティストがおれの中学の時の2個下のバスケ部の後輩だったことをたまたま知った。1年に仲良し3人組がいて、そのうちの1人だった。MVを見るとそいつは当時のままで、地元の小学校や昔よく遊んでいた町で撮影していて、おれは小学校もそいつと同じだったのでなんだか嬉しくなって久しぶりにバスケ部のときの友だちに連絡をした。10年ぶりぐらいに連絡をとったやつもいた。おれら3年のときの1年のあいつ覚えてる?あいつ今音楽してるらしくて!MV見たらクソ懐かしくて!連絡した!みたいな一方通行の興奮を送りつけて、最近どこで何してるのか、とか、色々聞いた。大阪で働いてたり、全国飛び回っていたり、実家に戻ってきてたり、みんな色んな場所で生活をしていた。こんなキッカケでもないと連絡しないので、なんだか嬉しくなった。今度その後輩のライブを観に行こうと思った。

スタジオでは変わらず制作活動が続いている。少し前からパソコンを軸に曲を作っていて、LOVEを作っていた頃からは想像もできないようなスタイルでスタジオワークが進んでいる。えーすけが色んなネタやアイディアを持ってきたりスタジオで試したりしながら、ギターや歌を録音して、なおてぃがそれをパソコン上でまとめたり編集したりしている。昔は長友さんに来てもらってバンド演奏を録音していたプリプロ録りも、今では自分たちでやっている。おれはと言えばドラムのビートやフィルを口で言ったり叩いたりして、それをなおてぃに打ち込んでもらっている。自分でできた方が確実に早いのだろうけど、おれはパソコンすら持っていないので、なおてぃに頼りきりになっている。この作り方になったことで以前なら気付かなかった部分も気付くようになったし、何より制作ペースが段違いに早くなった。もちろんそれはえーすけの創作努力の賜物で、メロディーやギターフレーズを0から生み出すスピードも昔に比べて早くなっている気がする。おれが加入してから6年、加入する前から数えると10年、あいつが止まっている姿を見たことがない。むしろどんどん加速している。きっとあいつは早死にすると思う。スタジオの帰りは大体なおてぃと2人で、車内でよくなおてぃが自分で作っている曲を聴かしてくれる。ゲーム会社からなおてぃ個人にリミックスの仕事の依頼が来たときは本当に嬉しそうにしていた。その曲ができたときもスタジオからの帰り道、車内で聴いた。カッコよかった。できることがどんどん増えていく2人を見ていつも焦って、ドラムのことをもっと考える。もっと魅力的な、おれにしか叩けないドラムを叩かないと!と思う。

一昨日の帰り道、またスタジオで出来たばかりの新曲を聴きながら歩いた。カッコよかった。バンドを続けている理由は間違いなくこの感覚があるからで、カッコいいと思えなくなったら辞めるんだろうと思う。バンドはすっかり普段の生活に根付いているが、Age Factoryという存在は、夢を見ているような、銀河鉄道に乗っているような、エンドロールが近づく映画の中、ミラーボールの下で全てを忘れて下手くそなダンスを踊る青年たちのような、うまく言葉にできないけれど、そういう風に感じることがある。生活感があるようでない、現実世界の出来事だけどそうじゃない、みたいな感覚になる。

耳鼻科に行って花粉症の薬をもらってきた。溜まっていたペットボトルをやっと捨てた。今朝、夏が来る想像をして少し嫌な気持ちになった。

 

 

 

2021.02.18

恵比寿LIQUIDROOMでのワンマンライブの前日、早朝に奈良を出て東京へ向かった。14時頃に東京のスタジオに着き、ある人と共作の新曲のプリプロ録りをした。作業は21時頃まで続いた。録り終わった曲を大きなスピーカーでみんなで爆音で聴いた。小さな歓声が上がった。これから何回も聴くと思う、とその人が言っていた。おれはすでにその日から今まで7回は聴いた。プリプロ録りをしたスタジオはその人のプライベートスタジオのような場所で、そこの壁にHOPEという文字のネオン管が掛かっていた。青白く光るHOPEという文字を見て、「おれらの明日からのツアーもHOPEって名前なんすよ」と言うと、「そうだよなおれもさっきHP見てそれ思ったんだよ」とその人が言いながらパソコンとスピーカーが置いてある机にのぼってネオン管を手に取り、やるよ、と言って渡してくれた。次の日のリハでえーすけがギターのヘッドにそれをはめるとサイズがぴったりだった。本番が終わってもHOPEの4文字がステージの上で光り続けていた。

本番中、ステージから見えるみんなの表情やリアクションに心が熱くなった。ライブが終わった次の日、最近完成した新曲たちを聴いた。よし、大丈夫、カッコいい。分かりきっているのに、いちいち確認する。

明日はHOPE TOURで名古屋へ行く。VJのけんちゃんは、バンドのツアーとかで名古屋や大阪に行くのが初めてだからすげー楽しみ、と言っていた。なんかいいなと思った。

2021.02.06

スタジオがなくなったので昼前に起きて洗濯を済まし喫茶店へ向かった。サンドイッチのきゅうりをわざわざ抜いてもらったのに一口食べるとおれの嫌いな辛子マヨネーズの味がした。我慢して全部食べたが、ナポリタンにすればよかったと少し後悔した。

最近は、松屋のカレーにハマったり、九龍ジェネリックロマンスにハマって単行本を買ったり、ゴムボールでのリフティングが上手くなったり、2年前から触っている近所の犬に本気で噛まれて病院に通ったり、新曲のレコーディングが終わったり、奈良でライブをしたりした。

自分がやりたいことは何かわかってきたが、無気力なまま流れる日々に身を任せて、ぷかぷかと浮かびながら好きな音楽を聴いたりしている。誰かの音楽だけが鳴り続けている。ジミサムウェア、ジーンドーソン、グレイブ、ハーリーティアドロップ、レイニー、チャイニーズフットボール…その他大勢、好きなアーティストの音楽を聴きながら外を歩く。この前のスタジオからの帰り道に夜空を見上げてウルフムーンの明るさに驚いたときはナインインチネイルズが機械的な音で四つ打ちを刻んでいた。誰かのバンド脱退やアーティストの自殺のツイートが目に入るたび、リアルタイムで好きなアーティストの音楽が更新されていくことの尊さを身に染みて感じる。

先月の山焼きは雨の中火をつけたが燃え広がらずに終わったらしい。雨が降る中、打ち上げ花火だけが数発上がっていた。今まで山焼きにはなんの興味もなかったが、雨の中上がった山焼き開始の花火の音を聞いて、アパートの踊り場で若草山に燃え広がる火を期待した。火が広がる気配がなかったので部屋に戻った。来年は燃え広がってほしいとそのときは思ったが、来年になってコロナが今より収束していたらまた以前までのようにどうでもよくなっている気もする。そうなっていてほしい。

 

2021.01.08

居酒屋でバイトをしていたときの後輩が、12月29日の朝、新宿で写真を撮ってくれた。カメラマンを目指して奈良から上京したそいつは相変わらずフィルムカメラで写真を撮っていた。パソコンはあるし、デジタルのが写真が出来上がるのも早いし、今の時代、絶対にそっちのがいいのはわかってるんですけど、やっぱフィルムの質感が好きなんです、でもやっぱみんなデジタルでやってますよね、そっちのがいいですよね…。そう言いながら小さなフィルムカメラを首からぶら下げているそいつと歌舞伎町を歩いた。少し時間が余ったので、そいつと昼から開いている居酒屋へ行った。リハ前に居酒屋で酒を飲んだのは初めてだった。一杯だけ飲んで解散し、Zepp Tokyoへ向かった。そいつは、ウーバーイーツしてからライブ観に行きます!と言って家へ帰った。

年末のワンマンライブは、沢山の人たちが関わってくれた。おれたち3人だけでは到底できないようなライブだった。バンドなんていつもどこでもそうだけど。12月29日は特にそれを感じた。そして命を張ってまで来てくれた沢山のお客さんたちに救われた。目の前に人がいることが嬉しかった。

今朝、福島の父から動画が送られてきた。父が昔ライブに来たときに買って行ったAge Factoryのバスタオルが物干し竿に干されて風になびいていた。その後ろに綺麗な川が見えた。父は最近実家から隣町に引っ越して一人暮らしを始めたと聞いていたので、綺麗な景色が見えるアパートに住んでいることがわかって安心した。家の窓から見える景色が綺麗だと言うことは、とても大事なことだと思う。どんなにしんどいことがあっても、外を見たときに綺麗な景色が目前に広がっていたら、優しい気持ちになれる。

明日は奈良ネバーランドでライブをする。

 

 

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2020.12.21

シロップを全部入れたら甘すぎた。失敗した。なんならホットにすればよかった。入店したときは暖房が暑いなと思ったのに、今は寒い。なんでだ?と思って周りを見たら入り口のドアが開きっぱなしになっていた。換気しているっぽい。コロナのせいでおれは、紅茶をホットにするかアイスにするかの判断を間違えた。…ついでにシロップも入れ過ぎた。確実にコロナのせいだと思う。

昨日、高校一年生の男の子と、飼っていた犬の話になった。その子は家で犬を飼っていて、少し前に1匹が死んでしまったけど、まだ2匹いて、とても可愛いんだと屈託のない笑顔で教えてくれた。犬飼ってる?と聞かれたので、昔飼ってたよ、結構前に死んじゃったけどな、と答えると、突然その子は俯いて、今にも泣き出しそうな顔になった。なんでお前が泣きそうやねん!かなり昔のことやから!と笑いながらツッコむと、そうかぁ、そんとき泣いた?と聞かれたので、うんまあ、そのときは泣いちゃったなあ、と答えると、そうかぁ、と言ってまた俯いて、泣き出しそうな顔になった。だからあ!なんでお前がそんな顔すんねん!とまた笑いながらツッコんだが、なんだか嬉しかった。他人のことで悲しむことができる人は優しい。彼のそういうところは今までも何度か見てきた。見習いたいといつも思う。

先日、約1年ぶりに、DROP CLOCKのメンバーの宇田さんと会って飲んだ。宇田さんは、色んなことがあって今はバンドの活動に参加していない。底抜けに優しい宇田さんは、もうしばらく会っていない友だちのことばかり心配していた。みんなは変わらず元気にやっていて、たまに4人でスタジオに入ったりもしていることを教えると、とても安心していた。今の仕事はやり甲斐があって、上司も良い人らで、ほんまに楽しいねん、と話す宇田さんを見て、おれも少し安心した。案の定その日は飲み過ぎた。

 

 

 

2020.12.17

レコーディング最終日。1日目にドラムを録り終えたので2日目からほとんどやることがなかった。ドラムテックはLOSTAGEの岩城さんにしてもらった。相変わらずチューニングのことをよくわかっていないおれは「増子くん全然覚える気ないやろ、運動神経のみでドラム叩いてるもんな」と岩城さんに言われて、なんかそれ漫画のキャラみたいやなあと思った。そんなことだからいつまで経ってもチューニング技術が上達しない。ドラムは昔から叩くこと以外のことに興味があまり湧かない。今回のレコーディングでは、Age Factoryの最近のMVや配信ライブの監督をしてくれている央大というやつに映像も撮ってもらっている。央大は英介と同い年で、東大出身、映画監督、少年時代をアメリカで過ごして英語ペラペラ、ギター上手いピアノ上手い歌上手い足速い、エンジニアもできる、彼のスペックがあまりにも高すぎて、央大が苦手なことを必死に探していたらドッヂボールが弱いということが判明し、英介とやたら喜んだ。ドッヂボールなら勝てる。「おれもドッヂボール苦手やわ…」と隣のなおてぃが呟いた。

突然少年の新しいアルバムにコメントを送った。せんちゃんはもうしばらく会っていないのに、音源が完成したらいつも連絡をくれる。こういう繋がりは、いつまでも大切にしたい。アルバムを聴いて、早く突然少年のライブを観たいと思った。

3日ほど前から急に寒くなった。吐く息が白い。爪切りで切った爪のような形の三日月が夜空に浮かんでいるのが見えた。あれを投げたら相当な武器になるに違いない。今年の冬はストーブを買おうか迷っているが、どうせまた買わずに春が来るんだろうとも思う。

 

 

 

2020.12.10

もみじは火が消えたように散り、風に揺れるススキは白い海のように波打っていた。見て!サンタいる!とランドセルを背負った小学生たちが指さす方向には壁をよじ登るサンタのイルミネーション。光っていないのに目立っていた。

 3日前の休日、昼間に金麦を飲みながらTHROAT RECORDSへ寄った。五味さんはコーヒーを出してくれようとしたが、おれが金麦を持っているのを見て出すのをやめた。「こんなに長い間ライブもなくなると、バンドやってる意味もわからんくなる人だっていますよね。」とおれが言うと、「バンドやることに意味なんてもともとないけどな。」と五味さんが言った。まあそうすよね、と返したけど、あれからたまにその言葉を思い出す。ただ思い出すだけで、特に何かを考えるわけではないけど。頭の中をその言葉がくらげのようにふわふわと漂っている。そのあといつも行く古着屋へ行きフリースを買った。

 一昨日、奈良ネバーランドのスタッフの人たちと飲んだ。「エイジが東京ドームでやる日がきたら、前乗りして酒飲んで、ライブ中もずっと飲んどくわ。だってそんな最高なアテないやろ。」と向井さんがビールを飲みながら言った。その日はとにかく笑った。今年は、奈良ネバーランドがあってよかったと何度も思った。

 来週から奈良で新曲のレコーディングが始まる。