goodbye,youth

増子央人

2020.04.14

気がつくと桜は散っていた。花びらが流れる桃色の川も、今年は見ることがなさそう。何日か前の満月の夜、まだ陽が沈む前、その日は休みだったので家から出ないでおこうと思っていたが窓から見た夕焼けがあまりに綺麗だったので、少し歩こうと思い外へ出た。その日より更に何日か前に好きなバンドの新しいアルバムが発売されていたがまだ聴いていなかったので、そのアルバムを聴きながら何かに取り憑かれたかのように山の向こうの夕陽に向かって歩いた。西へ、西へ、周りの景色をよく見ながら、敢えて大通りから外れた歩いたことのない道を選んだ。知らない道を歩くだけで初めてきた街のように感じた。珍しい苗字の表札、破れたフェンス越しに見える誰もいないグラウンド、川沿いに咲く満開の桜、どれもが茜色に染まっていた。世界はこんなに綺麗なのに。アルバムの最後の曲が終わり、ちょうど道も途切れたので、引き返すことにした。振り向くと、藍色の空に浮かんでいた大きな満月と目があった。でけ〜、とか、きれ〜、とか、そういう言葉が不意に口から漏れ出ていた。それぐらい大きくて綺麗だった。ただ来た道を引き返すだけでは面白くないので、違う道を選んで家まで帰った。家に着く頃には陽は完全に山の向こうに沈み、辺りは暗くなっていた。前の日に買っていたコンビニ弁当を冷蔵庫から出して、レンジで温めて食べた。美味しくはなかった。映画を見ようと思い、少し前にブックオフで買ってきたDVDをプレイステーション3に入れて、部屋の電気を消して、再生ボタンを押した。毎日加速していく惨劇から目を逸らすように、誰かが書いた物語に没頭した。