goodbye,youth

増子央人

2018.04.25

電車の窓から見える大和川は昨日の雨で荒れていた。灰色の空は見ているだけで生気を吸い取られそうになる。一昨日、Made In Me.という横浜のバンドのひことたまたま奈良で飲んだ。年齢は一つ下の初対面のひこはおれのことを一方的に知ってくれていて、とても慕ってくれた。なんだかおれはとても変な気分だった。おれの全然知らないところで、バンドのことを知ってくれていて、おれのことも知ってくれていて、会ったその日から慕ってくれて、当たり前じゃないその状況に、少し良い気分になった。バンドやりだした頃、打ち上げで乾杯しに行ったとき、おれのことなんて眼中にもなかったあのツアバンの先輩たちの目をふと思い出して、まだまだ頑張らないといけないと思った。ひこはとても良いやつだった。こういう時間と出会いを大事にしたいと思った。

次の日、バイト先は相変わらず不倫寸前のシングルマザーの話で盛り上がっていた。何の興味も湧かないその話題ぐらいしか話すことがないということに興ざめし、一日中やる気が起きなかった。バイトから上がると、三重の婆ちゃんからLINEが来ていた。最初は迷惑LINEのようなものかと思ったが、本当に婆ちゃんからだった。どうやら最近スマホを買って、LINEを始めたらしい。「ばあちゃんスマホしてるゆどまだむつかしいよ」という文から、頑張って打ったことがヒシヒシと伝わってきて、思わず笑ってしまった。疲れが少し、和らいだ気がした。

 

 

2018.04.18

4月が始まってもう18回も日が昇った。日常の流れていく景色をしっかり見つめていないと、あっという間に髪の毛は白くなり、シワは増え、歯は弱くなり、あんときああしとけばよかったなぁなんて、取り戻せない過去のことを思うことが増えてきてしまう。各駅停車でも急行でも、しっかりと外の景色を見つめていないと、悔いる年になってからでは遅い。もしかしたら外には、太陽のかけらが落ちているかもしれない。溶けることのない雪の結晶が落ちているかもしれない。咲き誇るあの桜は、来年には咲かないかもしれない。

星があんなに綺麗だから、今日もまた夜を迎えたいと思う。朝日があんなに綺麗だから、明日もまた朝を迎えたいと思う。儚く散ってしまった桜が、夏も秋も冬も超えて、また来年、必ず咲くと約束してくれた。お前がそんなに言うんなら、また来年、お前が世界中の人々を魅了するそのときまで、おれも頑張るよ。誰も見ていない夢の中で、指切りをした。

 

 

2018.04.13

名古屋でのライブが終わって、家に帰ってきた。野菜ジュースを飲み、風呂に入り、歯を磨いて、ベッドに入った。今日も良い日だった。

寝転びながらiPhoneの写真フォルダを見返していると、昔飼っていた源太郎の写真を見つけて、また一生懸命、ゲンのことを思い出していた。こんな目をするときもあったなぁ、吠えた声はあんなんやったなぁ、甘噛みよくしてたなぁ、食パンをあげたら庭に埋めに行ってたなぁ、散歩してるときよく競争したなぁ、よーいどんでずっと勝てなかったのに、最後の方はおれのが早くて少し寂しかったなぁ、雷が大嫌いやったなぁ、抱きついて寝たこともあったなぁ、こたつに入って母さんに怒られてたなぁ、一度家を脱走して家族全員で必死になって探していたら、ご飯の時間にしれっと帰ってきてたなぁ、ボールは取ってきても離さなかったなぁ、お手も何にもできなかったけど賢かったなぁ、家族旅行に行くから三重のばあちゃんちに預けたとき、離れて行くうちの車にずーっと吠えてたなぁ、旅行が終わって迎えに行ったとき、大はしゃぎしてたなぁ、車に乗せたらずーっと窓の外を見てたなぁ、あとなんだっけ、あとなんだろう。写真を見たとき、一瞬、ゲンのことを忘れかけている気がして、とても怖くなって、必死になって思い出した。ゲンに関する記憶は何一つとして、失いたくない。それでもやっぱり少しずつ、少しずつ、記憶は薄れていくもので、それが凄く怖い。それでもたまに聞こえてくるあの鳴き声は、いつまでもやっぱりゲンの声で、ゲンを拾ったあの公園は、いつまでもやっぱりゲンの公園で、それはたぶん、これからもずっとそうなんだと思う。

これだけ寝る前にゲンのことを書いたんだから、今日ぐらい夢に出てこいよ。もし夢で逢えたら、またあの公園に行こう。

 

 

 

2018.04.07

横浜のライブのあと、最終電車で東京の友だちの家まで行き、今日は幡ヶ谷でPELICAN FANCLUBのワンマンライブを見て来た。今日のライブでギターの車田くんが脱退するとのことだった。汗だくのえんどうを見ていると、車田くんが抜けてからのこれからの色々な不安を勝手に感じ、それらも全部背負った上で甲高い声で叫びながらギターをかき鳴らす姿が、とてもカッコよく見えて、感動した。お互いに別々の道を歩く車田くんとペリカンのメンバーたち、バンドなんてそんなことの繰り返しで、ずっと同じメンバーでやっている方が珍しい。けどやっぱり、泣いているお客さんたちを見ると、その前でしっかりライブをする4人を見ると、少し寂しくなった。おれは4人が大好きで、車田くんのギターが大好きなんだと思った。

なあバンドマン、おれたちの生活はとてもふわふわしていて、未来なんて何にも見えやしない。ただ毎日、夢を、悔しさを、音楽を燃料に、爆音に包まれながら生きている。それはきっと、もう少しズレたら崖から落ちてしまうぐらい、毎日ギリギリのところを歩いている。なあバンドマン、あの日ベロベロになって語り明かした恥ずかしいぐらい大きな夢の舞台は、まだまだ夢の舞台で、おれたちはやっぱり、そんな夢の舞台に立つことを夢見ている。そんときはお互い結婚して子どもがいるかもしれない。バイトなんか辞めて、音楽だけで家族を養っているのかもしれない。お互いの奥さんと子どもが客席にいて、打ち上げでは自分の子どもの写真を見せ合っているのかもしれない。なあバンドマン、新幹線の窓から見える4月の空はやっぱりまだ曇っていて、まるでおれたちの未来みたいだ。それでもおれたちは自分たちの音楽を誰よりも信じ、おれたちを信じてくれる人たちのことを信じ、応援してくれる大人の人たちのことを信じ、がむしゃらに駆け回ってきた日々のことを信じ、ただ信じることで、なんとか前に進んでいける。あの日の記憶なんて酒に呑まれてこれっぽっちもないけど、大切なことは覚えてる。なあバンドマン、今日はやっぱり、カッコよかった。今度会ったらまたあの日のように、朝まで飲もう。

 

 

2018.04.06

雨に濡れたお城祭りを横目に赤い近鉄電車が走り抜ける。今日は横浜へ向かう。桃色の桜はほとんど散ってしまった。この街に住む人たちの新生活への不安が湯気になって蒸発して雲になり、それが4月の頭の今日のような曇り空を作っている。その雲が涙のような雨を降らし、毎年毎年4月の桜を奪っていく。明日せっかく同級生の阿部りなが花見しようって、自主企画イベントを奈良NEVERLANDで打つのに。もう少し待ってくれてもよかったのに。

先週、東京で電車に乗っているとき、窓の向こうにスカイツリーが見えた。空気中に分散する大量の花粉のせいで、窓の向こうの景色は天気が良いのに濁っていた。「おれはあんなもの認めんぞ。何がスカイツリーだ。東京タワーがどれだけ東京を支えてきたと思ってる。おれの中ではいつまでも、東京タワーが一番でかいんだ。」そんなおじさんいそうだなぁと、濁ったスカイツリーを見ながら思った。信頼は、歩んできた道のりでしか得られないから、まあこれからそういうのはついてくるさ。スカイツリーお前は楽だよ、そこに突っ立ってるだけでいいんだから。雨の日も風の日も、雪の日も嵐の日も猛暑の日も、そこに突っ立ってるだけでいいんだ。…まあそれもなかなかしんどそうだけど、東京タワーはもうずっとそんなことしてるんだ。あぁでもスカイツリー、お前がこの先ずっとそこに立っている年月分、東京タワーも同じ年月を積み重ねるのか。…勝てないかもなぁ。お前もおれの婆ちゃんみたいに、先月武道館でライブしたマイヘアみたいに、あんなにしんどかった外練でも一回も手を抜かなかった後輩の中ちゃんみたいに、誠心誠意、真面目にやってくしかないみたいだなぁ。そういえばあんまり関係ないかもしれないけど、今年で平成は終わるらしいぞ。SMAPが解散して、安室奈美恵が引退して、とんねるずのみなさんのおかげでしたが終わって、めちゃイケが終わって、もう次の時代に行くらしいぞ。めちゃイケの最後は、ひどく感動した。何かが終わるってことはやっぱり、寂しいことなんだ。でも新しいことが始まるワクワクも、同じぐらいある。スカイツリー、お前のその天にも届くでかい体で、4月の不安な雲を全部、どっかにやってくれよ。

 

 

2018.04.03

家を出てすぐ、羽織っていたシャツを脱いだ。そうか、今日はついに半袖でも大丈夫な日なのか、と少し嬉しくなった。歩いていると、左手側にグラウンドが広がるいつもの光景、そこで野球部が練習していた。それを横目に見ながら、バス停までの坂道を歩いた。

昨日の夜、セカンドストリートに着なくなった服を売りに行った帰り、ふと上を見ると視界に月が入ってきた。3日前ぐらいが満月で、昨日の月は少しだけ欠けていたが、とても大きく、真っ暗な奈良をじんわりと照らしていた。小学生の頃、宇宙が大好きで、学校の朝の読書の時間には決まって宇宙についての本を読んでいた。太陽系や銀河系の話、プロミネンスやブラックホールやビッグバンの話、全てが未知の世界の話で、読むたびにワクワクしていた。毎日のように夕方の食卓で父さんと母さんにその日得た知識を得意げに話ししていた。頭の中で毎日、宇宙のことを妄想して、知らないからこそ無限に広がる妄想は、人に話さないまま、自分の頭の中だけで大きく育っていった。去年、対バンしたバンドのメンバーに、京都大学に通って宇宙の勉強をしているという人がいた。おれは嬉しくなって、打ち上げで、自分の中で育てていたおれの宇宙を、満を辞して、その人に話した。なんすかそれ?と流されるんじゃないかと思ったが、宇宙好きなら聞いてくれるだろうと思い、宇宙は実はこうなってるんじゃないかって思うんだって、酒を飲みながら必死に話した。するとその人は、「あぁ、◯◯論ですねそれ。」と、おれに言った。へ?と、おれは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。もうすでに、学者たちが、おれが1人で妄想していたその考え方を、何年も前から研究していたらしい。すでに存在していた定説の話を、おれは小学生の頃からずっと1人で妄想していたんだ。それがわかったときの感動は今でも覚えている。無知は愚かだが、知らないからこそ想像は無限大に広がっていく。自分だけの妄想だと思っていたものが、実は自分以外の沢山の人達が同じことを思い、それをおれ以上に深く追求している、その事実は、なんだかとても不思議で、とても嬉しくて、やっぱりその日は飲み過ぎた。

最近、"君たちはどう生きるか"という本を読んだ。その本の主人公が、この話に似たような体験をしていて、なんだかおれはその本の話が他人事には思えなかった。とても大事な本がまたできた。

 

 

 

2018.03.31

しばらく東京に滞在していた。今はホテルをチェックアウトして名古屋へ向かう車の中。東京にいる間、毎日色んな人と飲んだ。好きな人たちばかりと会って、好きな人たちばかりと飲んだ。友だちとの忘れられない夜(アダルトな意味ではなく)には、必ずと言っていいほど酒がある。素面でもそんな夜を作ることが大事なのかもしれないが、性格上、そんなことはできる気がしない。29日、下北沢に奈良の友だちARSKNを見に行った。打ち上げにもそのまま残って、りょうなと恭介くんと沢山話をした。東京で飲むのは変な感じだった。どこで飲んでも、好きな人たちと飲む酒は美味い。昨日はマイヘアの武道館を見に行った。関係者席には知り合いのバンドマンが沢山いた。マイヘアのスタッフのうーさんと会った。うーさんはハイテンションでずっと、来てくれてありがとうね〜!と言っていた。ライブ中、メンバーもみんなお客さんに向かってありがとうばかり言っていた。あの人たちがマイヘアを鳴らし続ける限り、この先どれだけ売れても、国民的バンドになっても、打ち込みの音とかライブで入れまくり出したとしても、打ち上げに出なくなったとしても、ずっと大好きなんだろうなと、ライブを見て思った。打ち上げに出なくなることは絶対にないだろうけど。でも身近なバンドの大きなステージは、やっぱりあんまり見たくないなと思った。劣等感しか生まれない。次はステージからあの景色を見たい。おそらく昨日見に行ったバンドマンはほぼ全員が同じことを思ったんだろうと思う。そりゃ数年前までドサ回り一緒にしていた先輩のあんな華々しい最高の舞台を見せられたら、みんな夢見るに決まってる。武道館の周りの桜があんまりに綺麗で、空は真っ青に晴れ渡っていて、少し暖かくて、まるですべてがマイヘアを祝福していたような、そんな日だった。

さっき寄ったサービスエリアのコンビニは混んでいて、レジには行列ができていた。2つのレジをおばさん2人で回していて、その横で大学生っぽい女の子が1人品物を袋に入れたり注文された揚げ物を取ったりしていた。おばさん2人は慣れた手つきでレジをこなし、女の子は不安そうな顔で言われたままに動き回っていた。片方のおばさんはクールに厳しい雰囲氣で、"ファミチキ2つ!袋別で!"などテキパキ指示を出していた。おれが並んだ方のおばさんは優しそうな雰囲気で、ちょうどおれの会計のとき、女の子が何かテンパって、おれには何の影響もない程度のミスをしたっぽかった。焦る女の子におばさんはニコッと笑いかけ、"大丈夫よ。"と言っていた。女の子はまだ慌てていた。歳を重ねても、ああいうおばさんのようになりたいと思った。

12歳の3月、入学前の中学校のバスケ部の練習に南といっしょに参加していたとき、桜が舞い散る中、校舎の周りの外周を知らない先輩たちと、離されないようにずっと走っていた。15歳の4月、高の原駅から高校までの通学路にある桜並木があまりにも綺麗で、上ばかり見ながら歩いていた。21歳の3月、もう会えなくなる奴らもいたから、辞めた大学の卒業式に、友だちに会いに行った。かっこいいスーツ姿や綺麗な袴姿のみんなが、同い年のはずなのに、もうずっとずっと先に歩く大人のように見えて、急に寂しくなり、精一杯に綺麗に咲く桜が、初めて自分以外のみんなを一生懸命に祝福しているように見えて、また寂しくなった。

今日で25歳の3月が終わる。