goodbye,youth

増子央人

2020.09.18

予定より少し早く家を出た。松屋で牛丼を食べてから喫茶店に入り、トイレ前の長机の一番端の席に座った。目の前にカエルの置物、窓の向こうに黒のワゴンRが見えた。イヤホン越しに聞こえる他の客の喧騒が曲のアレンジみたいに聴こえた。

部屋でコンビニ弁当を食べながら先輩や後輩が送ってくれた配信ライブの動画を見て、バンドってカッコいいなと思った。カラフルだった視界から色が抜けていく。まるで他人事だった。ベッドに寝転がって何も目的がないのにiPhoneYouTubeSNSを見て、しばらくしてからGYAOで配信されている今週の有田ジェネレーションをまだ見ていないことに気が付いてそれを見た。

帰り道、半袖で乗った原付は少し寒くて嬉しくなった。今年の冬は去年買って結局一度も着なかったタートルネックのセーターを着るんだろうか。夏の初めにネットで買ってしまった紺のパーカーは絶対に着よう。じいちゃんに貰った革ジャンはなんか似合わなくて結局去年一回も着なかった。

何もしないまま九月になった。稲穂が揺れて、秋の音がした。

 

2020.08.29

少し前にベランダの向日葵が咲いた。不揃いながらもすべての蕾が太陽に向かって開いていた。間引きしなかったせいで全滅するかもしれないと思っていたので綺麗な黄色を見たときは嬉しかった。しかし5日も経つと花は枯れて、小さくしおれていた。痩せこけて茶色くなった茎に、カナブンが止まっていた。何に対してかよくわからないけど、生命の神秘を感じた。

今まで自分1人で花を育てたことがなかったので、間引きという行為の存在すら知らなかった。種を買った時に付いてきた説明書には「葉が大きくなってきたら間引きをして」と書いているだけで、間引きがどういう行為なのかは書いていなかったので、まあ文字の意味からなんとなく予想はできたが、一応ネットで調べた。間引きがどういう行為か理解できたがどの角度から解釈しようとしても気分が良いものではなかった。日頃から植物を育てているような方たちからすれば、何を甘いことを言っているんだ、というようなことなんだろうと思いながらも、全然受け入れることができなかった。結局3日ぐらい決断できずに放置していたが、どの芽も切らずに水やりを続けた。数日経つと、不揃いな大きさの花がすべての蕾から咲いた。本当に良かったと思った。しかし不思議なもので、花が咲くと途端に興味が薄れて、ベランダの窓を開けて水を少しあげるという行為の面倒くささレベルが物凄い勢いで上がり、花が咲いて2日も経つと水やりをやめていた。クーラーの効いた涼しい部屋のソファに座って窓の外で痩せこけていく向日葵を眺めていた。誰も死んでほしくないなんて思っていたおれはどこに?でも自分の気持ちの変化にはあまり驚かなかった。

今年の八月の思い出といえば向日葵が咲いたことぐらいで、こんなに何も起きずに終わろうとしている八月はいつぶりだろう。蝉が死んで、向日葵が枯れて、八月がもうすぐ終わる。

先日EVERYNIGHTツアーの中止が発表された。各地でのツアー、対バン、打ち上げ、初めて訪れた町を好きになる感覚、ステージから見えるみんなの表情、ライブ中の高揚感、どんな感じだったか、きっと一度やれば全部思い出すんだろうけど、今はちゃんと思い出せない。やれなくなってちゃんとわかった。あれが好きだった。また会える日までダラダラと生きてるので、みんなもどうかその日まで元気で。

 

2020.08.04

昨日は身体に良さそうなことをしたから、今日は身体に悪そうなことをしよう、という思考を日々交互に繰り返している。毎朝アラームが鳴る前に蝉の鳴き声とカーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚める。朝までつけっぱなしのクーラーの冷気で身体が重たい。

気がつけばもう八月になっている。この生活にも慣れてきた。同じような一週間がさらさらとどこにも引っかかることなく流れていく。車窓から見える入道雲を見ても現実のものとは思えなかった。もう以前までの夏は遠い別世界のことのように感じる。あの雲も多分誰かが空に描いたものだろう。匂いが好きだから買ってきた蚊取線香は、よく考えたら外が暑過ぎてずっと窓を閉めたままにしているので使う機会がない。秋になったら窓を開けてベランダに蚊取線香を置こう。八月の太陽が出ている日中はできれば一歩も外を歩きたくない。

大好きなコウテイビスケットブラザーズが最近賞レースで優勝して嬉しかった。コウテイは、ネタ合わせの回数、練習量が他のコンビの比にならないぐらい多いという話を少し前に聞いてから更に好きになった。少し前にインディアンスのしくじり先生を見てとても感動した。日本一のコメディアンだって誰とも話したくない日があるかもしれないし、世界一のロックスターだって粉薬を飲んだら咳込んで全部ぶちまける日があるかもしれないし、みんなが羨む美貌のアイドルだって朝起きたら口が臭い日があるかもしれない。結局はみんなただの人間で、日々生活をしている。どれだけ生活を重ねて歳をとって色んな知識を得ても、みんな同じなんだと思っていたい。

 

2020.07.22

朝起きると窓の向こうから蝉の鳴き声が聞こえた。うーわ夏。あつ。だる。もう何年か前から夏に対してそんなことしか思わなくなった。祭りやプールや花火大会には昔から変わらず魅力を感じるが、夏の暑さはそれらの魅力を忘れさせるほど酷い。顔を洗って窓の外を見ると、ベランダで育てているひまわりの芽が萎んでいた。え?え??と声に出しながら急いで窓を開けて様子を見るとしなしなに萎んで今にも枯れそうになっていた。なんで?昨日は元気やったのに?昨日の夜水をあげなかったから?でも昼前にはあげたで?プチパニックの中、液肥を大量にあげた。こういうときに液肥を大量にあげていいのかわからなかったが"生き返れ〜"と心の中で唱えながらジャバジャバかけた。たぶん腹ぺこのギンにご飯を出してあげたときのサンジはこんな気持ちだったんだと思う。たぶん違う。液肥をあげてから1時間ほどでみるみる回復して昨日の朝の元気な状態に戻っていた。植物ってこんなにレスポンス早いの?すげえ。めちゃくちゃ生きてるやん。悪かった、と思いながら少し感動した。

3日ほど前、居酒屋の店長をしている同級生と道で久しぶりに会った。そいつは二店舗の店長を掛け持ちしていたがコロナの影響で一店舗が潰れてもう一つもいつ潰れるかわからないと言っていた。そんな状況の中、ずっと付き合っていた彼女と先月に籍を入れたと言っていた。おれはそいつの彼女とも面識があったのでいつか結婚するだろうとは思っていたが、予想よりも早くて驚いた。なんだかとても嬉しかった。

今週いっぱいまで梅雨はあけないと天気予報士が言っていて今日も曇りのち雨の予報だったが昼過ぎには太陽が出ていた。もしかしたら明日の天気予報も外れて晴れになって、そのまま梅雨があけたりしないかなと思っている。

 

 

2020.07.12

約4ヶ月ぶりにお客さんの目の前でライブをした。奈良ネバーランドをはじめ、色んな人の協力があって昨日が成り立った。他のライブハウスで働いている友だちたちも来てくれて、映像配信のスタッフとして協力してくれた。今はライブに来たくても来れない人たちが沢山いる。3日ほど前、チケットを取っていたがライブに行っていいのかずっと葛藤していた医療従事者のお客さんのツイートを見た。沢山悩ませて申し訳ないと思ったが、それだけ真剣に考えてくれていたことへの感謝の気持ちも大きかった。ライブに行く、ライブに行かない、どちらの選択も間違っていない。だから難しい。その人にメッセージを送ろうか当日まで迷っていたが、そもそもどんな言葉をかけたいのか、結局何もわからず、送らないまま下書きを削除した。今日はチケット取ってくれたけどやっぱり悩んで来ない人もいると思う、という話を楽屋でその友だちにした。あー、そうか…。今日の配信、マジで頑張るわ。とても真剣な目でそう言ってくれた。いいやつだな、と思った。

ライブ中に見えた客席の雰囲気がとても懐かしかった。マスクをしていても、みんなの表情はちゃんとわかった。アンコールまで終わりステージから袖にはけるとき、客席から大きな声で、ありがとう!と聞こえた。終演後、おつかれと言ってくれた、配信を手伝ってくれていた友だちの目は赤くなっていた。アンコールは配信が終わっていたから、最後の一曲、See you in my dreamだけ客席から見てくれたらしい。まだライブハウスでこんな景色が見れたんだって嬉しくなった、おれも自分のライブハウスで頑張るわ。と言っていた。その言葉には彼のこれまでの沢山の悩みや葛藤が重なっていた。

「どうかライブハウスがなくなりませんように」。七夕の短冊にそう書けばよかった。どうして「身体が柔らかくなりますように」なんて書いたんだろう。

2020.07.08

強い雨風の音で目が覚めた。ベランダの手すりにビニール紐だけで固定していた向日葵のプランターが心配になって窓から外を見たが、落ちてはいなかった。中に入れたほうがいいか一瞬迷ったが、雨に濡れるのが嫌だったのでそのまま放置した。あれほど愛着が湧いていたのに、まあ下に落ちたら落ちたで仕方ないか、と思った自分に驚きはしなかった。今までにもそういうことはあった。雨風が止んだ昼間にベランダを見てもプランターは落ちていなかった。よかった、と思った。

夕方、グッズ撮影をするために許可を取って奈良県内の学校へ行った。敷地内に入ってすぐ、大学時代の同級生と会った。その友だちはそこで教師をしていた。知らなかったのでとても驚いた。車から降りて少し話をした。まだiPhoneに増子の飲み会のときの動画あるで、と言われて懐かしい気持ちになったのと同時にきっとろくな動画ではないので消してほしいとも思ったが言わなかった。先生になって今何年目?と聞くと、6年目、と言われ、少し考えたらわかることだが、改めてその数字を言われると、なんだか信じられなかった。6年目なんて、もう中堅やん。何その響き。そう思ったことをプールサイドでなおてぃに話すと、なるよな〜、なんか大学の頃ぐらいから何も変わってない気するよな、と言っていた。久しぶりに見た学校のプールは小さかった。あの頃あんなに長いと思ってた25mは、こんなもんやったんか。大人になったんだと思った。えーすけは何度もプール入りたいわあと言いながらプールサイドを歩いていたが、先生も見ていたし、さすがに飛び込んだりはしなかった。大人になったんだと思った。

7日の夜にドラム動画を公開した。Age Factoryの曲のドラムは難しいフレーズも複雑なビートもないが、今自分にできることをやってみようと思い、友だちに動画を撮ってもらった。録音、mixをしてくれた祐一と映像、編集をしてくれたはーちゃんはお互い違うバンドで10代の頃からいっしょにライブをしてきた。その2人と今こういう形で何かをできたことも嬉しかった。動画は奈良ネバーランドで撮った。結局1人では何もできないので、色んな人が手伝ってくれて、良いものができた。沢山の人に見てほしい。

 

 

 

 

 

 

2020.07.06

つい先日、ホームセンターで向日葵の種を買ってきて、それをベランダで育てている。小さなプランター1つと、カップ麺の容器1つを使って、人生で初めて自分1人で植物を育てている。カップ麺の容器を使っている理由は、以前見た映画で主人公の家族がそれで植物を育てていて、自分でも試してみたくなったからだ。今まで黄色はあまり好きな色ではなかったが、髪を黄色にしてから、黄色いものに愛着が湧くようになった。向日葵も、あの太陽のような笑顔、底抜けの明るさが昔はあまり好きではなかったが、今はそんなに嫌いじゃない。まあわざわざ選んで買ったんだからそらそうなんだけど。何日か前にすべての種から芽が出ていた。嬉しくて写真を撮った。外を散歩しているとき、今まで気にも留めていなかったのに、それぞれの家の玄関前に置かれているプランターに目がいくようになった。あの花の名前は何だろう、あそこ日当たり悪そうだけど大丈夫かな、てかここもうほぼ道路やん、家の敷地超えてるやん、などを歩きながら思っている。新しい自分に出会ったような感覚になれて、少し楽しい。炭酸の抜けたビールが植物の成長を促すらしく、いつも温くなった缶ビールを残してしまうおれにはちょうど良かった。昨晩飲み切れなかった金麦を今朝初めて向日葵の芽にかけた。それだけでまたグッと親近感というか、愛着のようなものが湧いた。同じ盃を交わしたような気持ちになった。これもまた、植物に初めて抱く感情だった。

連日の雨で気持ちまで晴れない日々が続いている。本を読む気にもなれず、1ヶ月以上前に買った映画のDVDもまだ観ていないものが2本ある。今まで有料動画配信サービスには何も登録していなかったのに、最近は家にいるときずっと、先月登録した大阪チャンネルで過去の劇場でのお笑いライブばかり見ている。何も考えずにただ笑いたい。

少し前に、人生で初めて、仲の良い先輩からデモに誘われた。人種差別反対デモだった。誘うというよりは、こういうデモがあって、おれは参加する、ということを教えてくれた。きっと色々考えた結果直接的に誘わず、そういう教え方をしてくれたんだろうと思う。その日はバイトがあったので断ったが、バイトがなくても断っていたと思います、と返信した。デモに反対しているわけではなく、コロナ禍だからとかではなく、人種差別に対してそこへ参加するだけの強い気持ちが自分にはなかった。その人の行動力や姿勢を、尊敬、関心、羨望、どれも完全にしっくりは来ないがそういう類の感情を持ちながら、ただ遠くから見ていた。2年付き合っていた彼女からある日自分は在日韓国人だということを打ち明けられたのでその彼女と別れたと言っていた友だちのことや、去年までバイト先の居酒屋で一緒に働いていた中国人社員のことをなんとなく思い出した。

バイト先では子どもたちが短冊に願い事を書いて笹の葉に括り付けていた。「お母さんと旅行に行けますように。」「ポケモンになりたい。」色々な願い事が書かれていた。他人の願い事を見ているだけで、幸せな気持ちになった。