goodbye,youth

増子央人

2018.09.11

半袖じゃ肌寒いくらいに風が涼しい。西永福駅で渋谷行きの電車を待っている。目の前をおれの苦手な香水をつけた男が通り過ぎた。その嫌な香水の匂いをかき消すようにホームに電車が流れ込んだ。やはり少し寒い。昨日機材車で見た映画を思い出そうとした。あの映画はとても暗かった。昨日機材車で読んでいた小説を思い出してみた。今もポケットに入っている。まあざっくり言うと男と女の話だ。少し考えれば、あの男と女がどうなっていくかは、容易に想像できる。そういえばさっきすき家で食べたカレーはイマイチだった。50歳ぐらいのアルバイトのおじさんが1人で店を回していた。声は元気だったが、顔は疲れているように見えた。今日でアメリカでテロが起きてから17年経ったということを、朝のニュースで知った。雨雲が東京の空を覆っている。電車の中、窓の上、垂れ流しの広告がテレビから流れている。耳元からは好きな音楽が流れている。

 

 

 

2018.09.08

広島から大分へ向かう車内、外は雨が降っている。遠くの山には天女の羽衣のような薄い雲が山にかかり、幻想的な景色になっている。その手前を見ると田んぼには稲が背丈を揃えてびっしりと並んでいる。とても綺麗だ。台風にも豪雨にも負けず、誰に言われるでもなく、しっかりと米をつけ、その場所に立っている。またこの季節が来た。なぁお前たちはどうしてそんなに、強くいられる?毎年毎年、どうしてそんなに美しい?涙が出そうになる。深い緑の山々に囲まれて、圧倒的な黄緑色の稲たちは、地面から天を照らし、街を照らし、人々を照らしている。岡山の稲は、大阪の稲は、北海道の稲は、どうなんだろう。無事であってほしい。その宇宙のような美しさは、きっと人々を勇気付ける。無事であってほしい。

 

 

2018.09.05

大阪駅から奈良駅へ帰るまでに見える街はところどころが昨日の台風の影響で荒れている。根っこごと抜けて倒れている木、屋根の上で倒れているアンテナ、瓦の剥がれた屋根。電車の中、ビールを飲みながら他人事の景色を傍観する。目の前の向かい合う席には幸せそうな家族、4歳ぐらいの小さな男の子は母親に膝枕をしてもらい眠っている。おれの横に座る父がその男の子が抱きかかえているヒトカゲのぬいぐるみを引っ張って抜き取ろうとすると、その子はヒトカゲをぎゅうっと握りしめて離そうとしない。それを見て笑う母と父。なんだこの幸せな空間は。なんかビールなんて飲んでてすみません。その家族は次の駅で降りていった。耳元では大好きな音楽が鳴る。明日からツアーが始まる。

 

 

 

2018.09.01

左手に大きな富士山が見える。えーすけが車の窓を開けると涼しい風が流れ込んできた。山中湖が近い。昨日で8月が終わった。

例えば文字で人柄は作れる。例えば金があれば良い人間になれる。それらは正しくはない。が、正しくもある。文章は時間をかけて生み出すことができる。例えば今あなたが読んでくれているこの文章が産まれるまでに一体どれだけの時間がかかったかなんて、あなたにはわからない。何も考えずほんの数秒で書いているかもしれないし、何日も熟孝して書いているかもしれない。例えば一週間Twitterにおれが他人の悪口や酷いことを書き散らせば、それを見ているみんなはきっと、あの人は本当はこういう人だったのか、とか、何かあったかな大丈夫かな、とか、やっぱ根はイかれてるんだ、とか、まあ何かしら思うだろう。良いことだけを書き散らせばきっと大抵のみんなは、おれのことを良い人だと思うだろう。今の時代、他人からの印象は文字で作れる。但しそれをするにはある程度の知識がいるが。金の話で言うと、例えばおれに今貯金が1千万円あったとすれば、いやそれは少し飛び過ぎか、10万でいいや、10万円も貯金があったとすれば、少なくとも、今より少しだけ気が楽になるだろう。表には出さないが心の中でイライラしているようなことも、格段に減るだろう。心が広くなる。もっと金があれば、例えば簡単に寄付だってするだろう。タクシーの運転手に、釣りはいいです、なんてことも言うことができるだろう。金のない後輩たちを集めて定期的に宴会を開き、おれが全額出す、きっとみんなはおれのことを良いやつだと言うだろう。金があれば良い人間にもなれる。こういったぺらぺらの話は、間違っているが、間違っていない。そういうものなんだ。

でも、例えばその人が今まで生きてきた密度や時間は、大量の金があったとしても、変えることはできない。実際に会って目を見てその場でその人から出てきた言葉を聴いて会話をすれば、その人がどういう人なのかは、なんとなくわかる。時間と空間を共有するということは、だから大事なんだと思う。

奈良から移動する車内でふと、そんなことを考えた。考えて、文字にした。文字がなければ、世界は存在しない。そう思った。

 

 

2018.08.28

昼前に起き、顔を洗って寝癖を直して髭を剃って掃除機をかけた。誰のかもわからない長い髪の毛が轟音の中に吸い込まれて行った。いつものカレーうどん屋さんに行った。勿論タオルを持って行った。この前は汗で首からかけていた紙エプロンがちぎれた。その店のカレーうどんはとても美味しいが、自己啓発本ばかり置いているところだけあまり好きじゃない。食べ終わったあとは、どこか適当なところに視線を置きながら少しの間だけぼーっとする。汗をかき過ぎて体が疲れている。辛いものを食べるといつもこうなる。部屋に戻ってクーラーをつけてレコードを回してソファに座って、これからのことを考えようとしてみた。すぐにやめた。つまみを回して、レコードの音量を上げた。脱ぎ散らかした寝間着がベッドの上に無造作に置かれている。確か冷蔵庫に缶ビールがあと一本だけあったはず。バイトまでまだ1時間ある。まだ外で蝉が鳴いている。

 

 

2018.08.25

少し寝坊して朝からのバイトに遅刻した。バイト先には店長と係長が出勤しており、おれはキッチンにいた係長と無駄話をしながら仕込みをしていた。何故か話の流れでおれは不意に、自分の家の話をしてしまった。話をした直後に、いや、正確には話をしている最中に、言葉が口から出てくるその最中に、ああおれは今なんでこんな込み入った話をこの人にしかもこんな場所でしてしまっているんだろう、という後悔の念が頭の中をぐるぐると回っていた。しかし係長は真剣におれの話を聞いてくれた。聞いてくれていたので、こちらも言葉がスルスルと口から出てきてしまった。でもやっぱり、立派な人間は、そんなに簡単に自分の家のごたごたを他人に話すもんじゃない、と最近読んだ小説の中の女が言っていたし、おれもそう思うので、話すべきじゃなかったと、後悔した。話題は変わり、好きな音楽の話になった。その人はかりゆし58が大好きで、少し前にその人からその話を聞いたとき、おれもかりゆし好きなんすよ!と言うと、とても嬉しそうに驚いていた。昨日もかりゆし58の話になった。おれほんまに大好きでさ、今までできた女とか、みんなにCD聞かせてるわ。めっちゃ影響与えられたなー、まずさ、歌詞がさ…、と、その人はかりゆし58の話をし出すと止まらない。本当に好きなんだろうなと、その人の少年のようなキラキラした目を見て思った。おれは、人が本当に好きなもののことを話ししているときのあの目が好きだ。少し照れ臭そうなあの目は、とても美しいと思う。

夜になり、おれは休憩時間を使って、奈良ネバーランドまで、泣くなよベイベーズのライブを見に行った。ネバランに着くともう既にライブは始まっていた。泣くなよベイベーズのギターの田中は、見に来てくれていたその日誕生日だと言う自分の母親に恥ずかしげもなくステージからおめでとうと言ったり、ラブソングを歌うとき、長野から見に来てくれていた最前列の彼女の目をチラチラ見ながら照れ臭そうにしていたり、おばあちゃんに書いた歌ですと言って、飛びっきりの笑顔であなたのことが好きですと歌っていたり、なんだか全部がとても綺麗で、人間臭くて、真っ直ぐで、田中らしくて、とにかく、素敵だった。

何を素敵と思い、何をカッコいいと思い、何に感動し、何を好きと思うか、そういうことはやっぱり、自分の尺度だけで決める。お前が好きって言ってるあの音楽、みんなダサいって言ってるよ、とか、お前が好きって言ってるあの人、みんなウザいって言ってるよ、なんてことは、どうでもいい。どうでもいいと、思いたい。おれが好きか嫌いか、世界はそれだけでいい。おれはやっぱり、泣くなよベイベーズが大好きなんだと、昨日思った。

 

 

 

2018.08.24

野菜ジュースのオレンジがティッシュの白を染めた。最近野菜を食べていない。バイトから上がり、露出度の高い外国人観光客の胸を惰性で見ながら、家へ帰った。レコードが回る16時前、クーラーと扇風機をつけた。もう少しでスタジオへ向かう。一昨日の朝、夜中ずっと飲んでいたというそんなに喋ったことのない後輩が早朝に1人で家に来た。既に酔っているそいつと部屋で朝7時からビールを飲んだ。そいつは缶ビールを一本飲むと、気持ち悪いと言い出した。ベッドで寝させて、おれはビールを二本飲み、洗濯物を干し、ソファで少しだけ眠り、朝のバイトへ向かった。セックスはしなかった。

昨日の晩は台風が奈良を通過した。今朝バイト先へ向かうとき、道路のゴミ箱や自転車が倒れていた。どうでもよかったので、直さなかった。

この前、初めて母と二人で飲みに行った。店まで歩いている間、普段あまり母と話さないから、何を話そうかずっと考えていた。たぶん緊張していた。久しぶりに会った母は少し痩せていた。会ってみれば、ビールの手助けもあり、色んなことを話した。夢の話を少しした。おれが今まで出会ってきた素敵な人たちの話を沢山した。母は、キラキラした目で、ずっと話を聴いてくれた。そのときに気が付いた。そういえば大好きだったあの子も、こんな風におれの話をずっと聴いてくれていた。

レコードが回る。部屋の床には髪の毛が落ちている。TUTAYAで借りてきた映画をそろそろ返さないといけない。なんだか見る気にならない。