goodbye,youth

増子央人

2018.10.23

雨の奈良を抜けて機材車は昨日と同じ、神戸へ向かっている。さっき奈良を出る前に奈良駅前で食べたカツ丼でお腹の調子が良くない。目を閉じれば鮮明に思い出せるほど、瞼の裏には昨日のTHE NOVEMBERSのライブが焼き付いている。後ろの照明がまるで爆弾のように光って、それによっておれの目にあの4人の影が張り付いて離れない。一昨日のLOSTAGEとGEZANもそうだった。いや、まあ正確に言うとGEZANのライブは袖でノリノリで見ていたらしいが酔いすぎてまるで覚えていない。おれはまだ昨日を生きている。そういえば昨日、リハ終わりにまたいつものように散歩に出かけた。昨日は本を持って行かず、音楽を聴きながら三ノ宮の坂をひたすら上に上に登った。街はどこまでも綺麗で上品で、クリスマスなんかはもっと綺麗なんだろうなと、街を彩るイルミネーションを想像しながら歩いた。だんだん日が落ちてきて、空は紫色になり、さっきまで聞こえていた子供たちの遊び声も少しずつ聞こえなくなってきて、それ以上坂を登ると帰れなくなりそうだったので、諦めて引き返した。続きはまた明日、と思っていたが、今日は雨が降っている。気持ちもあまり晴れない。こんな日はやっぱり1人で音楽を聴きながら本でも読んでいたい。そして時間が来ればライブをする。あとは1人で酒を飲みながら対バンのライブを見る。ライブがカッコよくなければ外へ出てまた本を読むか文章を書く。人恋しくなればたまに電話をする。みんなに興味があるけれど、人のことはどこか遠く、遠くの場所から見ていたい。たまにグッと近づいて、その人の奥深くまで知りたい。でも近づくのはたまにでいい。複数人で群れている時間は、昔から、とても勿体無く、虚しく感じる。だからそういうのもたまにでいい。Age Factoryは群れていない。それぞれが1人で動いて、1人で生きている。だから居心地は悪くない。友だちというのは、遠く離れた場所で心の支えになっていてくれれば、それだけでいい。過ぎる時間すべてを有効に使いたい。ここでの時間を有効に使うというのは、例えば何もない休日に昼過ぎまで寝て適当に体を起こして顔を洗ってソファの上でぼーっとしながらiPhoneのくだらないゲームをして腹が減ったら飯を食いに外へ出かけて帰り際に聴いたアルバムが良過ぎて遠回りして家まで帰る、みたいな時間の使い方のことも勿論含まれる。よし、そろそろ今日のライブハウスに着く。

 

 

 

 

 

2018.10.18

バイト終わり、2曲分歩いて24時間営業の定食屋へ行った。690円の唐揚げ定食が一日を閉める。ここに来る途中にあるあのラブホテルは少し前に改装工事があって、名前も変わってしまった。帰り道、信号の光が一定のリズムで点滅、耳元の音楽のテンポとは何一つ合っていなかったが、なんだか心地よかった。コンビニに寄って缶ビールを買おうと思ったが、なんとなくやめておいた。寂しさなのかなんなのか、よくわからないが、それに似たような、とても鬱陶しい感情を紛らわすため、ポケットからiPhoneを取り出してLINEを開くが、まだ連絡は来ていない。家に帰って、風呂に入って、歯を磨いて、金がないのにピンサロに行かないよう一人で抜いて、またLINEを待ちながら照明にタイマーをかけて寝落ちするまで小説を読む。洗濯物は畳むのが面倒なので相変わらずカーテンレールに干しっぱなしにしている。夕方、アパートの廊下から見える五重の塔が奈良の夕陽に照らされて、まるで1300年前の奈良時代にタイムスリップしたかのような、たまにそのような不思議な感覚になる。オレンジ色の夕陽に塗られた素朴な家々の風景がとても暖かく、心が一瞬解けて、ため息が漏れる。その後に入る誰もいないエレベーターの個室はおれだけの空間で、1階まで降りる間の時間、壁にもたれて思考を止める。時計の針もあの時間は動いていない。ドアが開けばまた針は動き出す。日々はただそれを繰り返している。

 

 

2018.10.16

寒い朝、ベッドの中でアラームを10分後に掛け直して二度寝をした。10分後に鳴り響いたアラームをすぐに止めてベッドの外へ出た。すぐにレコードを回して、顔を洗った。昨日の酒がうっすら残っていた。三日前からカーテンレールに干しっぱなしになっているズボンが目に入ったが、畳むのが面倒だったのでそのままにしておいた。人はどこまでも孤独で、宇宙に浮かぶ小惑星のような、夜空に浮かぶ星のような、深海に沈む石のような、周りに似たものは確かに沢山あるが、確かに孤独な、そんな存在なんだと、最近はそんなことを考えていた。東京、そっちの空はどんなだろう。目を瞑って想像してみた。ホームレスたちの寝床を横目に、渋谷の雑踏を抜けて、ふと見上げた夜空には、星の光なんてなかった。コンビニのラーメンサラダで、健康な体を手に入れたつもりになっている。朝まで続いた長電話で、距離が近づいた気になっている。小説を読みきって、わかったつもりになっている。ツアーが始まる前、1Kで過ぎる何もない毎日は、冷たい秋空をより深くした。

 

 

2018.10.11

昨日GOLDを発売した。バイト先へ向かう朝焼けの中、好きな音楽を聴きながら歩いた。GOLDも聴いた。おれはなんとなく、大丈夫なんじゃないかと思った。全部。来月の家賃のことも、年金のことも、好きだった人のことも、実家で一人暮らしをする母さんのことも、東京で一人暮らしをする妹のことも、福島で暮らす父のことも、おれのお腹が弱いことも、なんだか全部、大丈夫な気がした。音楽とは不思議で、いつも根拠のない自信と勇気をくれる。おれたちは昨日無限の空へと羽ばたいて、あの日馬鹿にした君の声なんてもう聞こえないところまで行こうとしている。あとはみんながついてくるだけだ。音量をいつもより少しだけ上げれば、そこにあるのはおれたちと音楽だけ。それだけで充分な気がした。

 

 

 

2018.10.04

先月26歳になった。生活は相変わらず、苦い奈良の空気を吸い込んではコンビニの缶ビールで日常を誤魔化している。体に悪そうなものばかりを摂取して、季節が乱暴に変わっていくのを1Kの狭い部屋から他人事のように傍観していた。好きなあの邦画のように、特に何も変化はなく、ただ確実にフィルムが進んでいく。人は人に依存してはいけないということを、音楽や、本や、人から、なんとなく悟った。日々の生活のすべては自分で選択ができる。SNSに生きる若者の、例えば、おれはあいつフォローをしてるのにあいつはおれをフォローしていない、そういうような、宇宙から見たミジンコほどの小さな小さな問題を重要視してしまうような人は、おれが将来書く小説には登場しない。空想の世界なら尚、そういった人たちは美しさとはかけ離れている。

机の上にはピーナッツチョコレート、水の入ったコップ、読みかけの小説、ブックオフで買ったDVD、セブイレのおしぼり、少しの不安と未来への期待。少しずつ寒くなる奈良は美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.09.19

巣鴨のカプセルホテルを早朝に出て、車で埼玉へ向かった。今日はMV撮影をする日。都会から田舎へ車は進んだ。相変わらず田んぼの稲はどの土地のものも美しい。金木犀の香りや、赤トンボ、心地良い風なんかが、パレットの上に赤色の絵の具を出して、ボードをどんどん染めていく。少しずつ黄色も入ってきて、淡い秋になっていく。過去の自慢話を口にすると、今の自分は小さくなる。陰口を言うと、綺麗なものが見えなくなっていく。不安を口にすると、意志は弱くなっていく。そんな気がする。この前、THROAT RECORDSに行ったとき、五味さんと、音楽の話ではなく生活の話をした。帰り道はなんだか酷く足が重く感じて、口からため息が漏れた。負けるなよ、と五味さんは言っていた。沈みかけの太陽が酷く眩しい。 MV撮影で汗だくになったTシャツが熱を冷ましていく。

 

 

 

2018.09.15

朝方の4時頃奈良に帰ってきた。部屋に着いて思い出したが、そういえばこの遠征に出た当日は、確か昼の1時頃に奈良を出た。そしてその日は朝の10時頃まで飲んでいた。居酒屋を二軒はしごして、その後なんだか大勢がおれの部屋に来たがあまり覚えていない。そして出発時間の20分前ぐらいに起きて慌てて準備をし、二日酔い、というか完全に酒が残ったまま、機材車に乗り込み、大阪へ向かった。なので部屋には飲んだ覚えのない空の缶ビールや、恐らく部屋に来た誰かが買ってきたであろう缶酎ハイなんかが冷蔵庫の中に入っていた。どれだけ酔っていても缶酎ハイは自分では買わないので、恐らく誰かのだ。実家から持ってきてソファの上に置いていた冬物のパーカーやスウェットなんかは、綺麗に畳まれてベッド下収納のスペースに直されていた。ビバラロックに出たときに貰ったインスタントラーメンが一つ減っていて、この部屋に越してきてからまだ一度しか使っていない深めのフライパンが綺麗な状態でコンロの上に置かれていた。恐らく誰かがラーメンを作って食べたのだろう。そしてフライパンを洗ってそのままコンロの上に置いたのだろう。まあそんなことはどうでもよかった。シャワーを浴びて、スタジオの時間まで寝た。10時頃に起きて、DROP CLOCKのスタジオへ向かった。そのあとは家に帰って溜まっていた洗濯物を回して部屋に干し、干しきれなかった分は近くのコインランドリーの乾燥機で乾かして、バイトへ向かった。バイトが終わって、コンビニで缶ビールを買い、松屋で晩飯を食べ、今は部屋に戻りソファの上で扇風機に当たりながらこれを書いている。バイトから上がってiPhoneを見ると、久しぶりに、昔好きだった人から、今日暇?と連絡が来ていた。慌てて返信したが、しばらく経っても既読すらつかなかった。外が涼しいので、窓を開けている。真っ暗な外から鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。眠たくなってきた。今日はもう寝よう。