goodbye,youth

増子央人

高3の文化祭

池永先生はおれの目を見てただじっと話を聴いてくれた。

学校を辞めたかずまは最後の文化祭に出ることは出来なかった。学校の決まりで生徒しか文化祭のステージに立つことは出来ない。それでも翔太は最後はこのメンバーでやりたいと強く言った。おれたちも翔太の意見と同じだった。おれたちはかずまをなんとか文化祭に出すための作戦を立てた。当日おれはもう1つのバンドで先にライブがあった。おれはそのバンドのメンバー全員分の衣装をあろうことか家に忘れてきてしまった。衣装は、白Tシャツをビリビリに破いてカラースプレーで適当に塗りまくるというものだった。なのでおれは自転車にまたがり学校の近くの百均に急いでTシャツを買いに行った。戻ってきたとき、見張りをしていた先生に外に出ていたことがバレた。どうやら外に出ることはダメなことだったようだ。文化祭の日ぐらいいいと思っていた。なぜか学年主任まで出てきて怒られた。授業ボイコットに値する、みたいなことを言われた。学年主任はかずまが辞めた理由そのものだった。かずまはそいつのことが大嫌いだった。おれもそいつのことが大嫌いだった。女子贔屓、セクハラの噂、かずまへの態度、18のおれたちが嫌うだけの理由がそいつには揃いすぎていた。そいつが「なんでおれをもっと頼らへんねん!」と熱い教師ぶった台詞をおれに投げつけた。まず相談してから買いに行け、という意味だ。頼ろうなんて思えなかったのは誰のせいだと、その場で叫びたかったがおれにそんな度胸はなく、心の中でもやもやする気持ちを抑え込んでいた。こいつはずっと何を言ってるんだ、誰のせいでかずまが辞めるまで追い込まれたと思ってるんだ、なんで今こんな奴に怒られているんだ、わからないまま悔しくなって目を睨むことしかできなかった。目頭が熱くなって涙が出そうになったのを唇を噛んで堪えた。もしかしたら少し流れていたかもしれない。それぐらい悔しかった。偽物の汚れた正義を平気な顔でぶつけてくるそいつが憎かった。説教は終わった。その様をずっと見ていた池永先生は心配してくれたのか職員室の前の廊下におれを呼び出した。限界地点まで悔しくなっていたおれはそのときになぜ学年主任を頼ろうと思えなかったのか、あいつが言っていたことがどんなに矛盾しているかの話をした。これを学年主任に直接言えなかったのがおれの弱いところだ。池永先生なら怒らず聞いてくれるだろうという根拠のない大きな自信があった。話ししている途中で、堪えていた涙がついにボロボロと瞼から流れ落ちていった。どういう感情かさっぱりわからなかった。教師の前でそんなに泣いたのは初めてだった。池永先生はそんなおれに「本当に困ったときは、おれに言いにこい。絶対助けるから。」と言った。その優しい言葉に包まれたような感覚がして、また涙が出てきた。

1つ目のバンドの出番があったのでおれは心が落ち着かないまま中庭のステージ袖に戻り、買ってきた白Tシャツをメンバーと予定通りビリビリに破り、カラースプレーで塗りたくった。それがカッコいいものだったかどうかは置いておくとして、破きすぎてほぼスカーフになった白Tシャツをおれは首に巻き(この時点でスカーフ)、ライブをした。
出番が終わり、その何バンドかあとにもう1つのバンドの出番が控えていた。

待っている間、ずっと考えていた。本当にかずまを出していいのか、もしバレたらおれたちの代でバンドが文化祭で演奏することができなくなるかもしれない。バンドをしている生徒たちは何らかの校則違反で謹慎処分を受けていた者が歴代何人かいて、教師からあまり良い目で見られていなかった。それに加えておれのさっきの失態だ。少し怒られたぐらいでおれは臆病になっていた。時間がない、どうする、と悩んでいたときついさっきの池永先生の言葉を思い出した。今が本当に困ったときなんじゃないか。あの人なら、おれの話を聴いてくれる。ほんの10分ぐらいの会話で、おれはそのことを確信していた。おれは今まで考えもしなかった、"教師にかずまといっしょにステージに立つ許可を得る"という選択肢をとろうと思った。急いでメンバーみんなに事の経緯を話に行った。優しいメンバーは、少し不安な表情を浮かべながらみんな納得してくれた。近くのイオンで待機していたかずまにもメールで伝えた。もともとこの作戦には現役で生徒のおれらにかかるリスクの方が大きいと思っていたかずまもすぐに納得してくれた。もう出番が迫っていた。おれたちは急いで池永先生を探した。二手に別れて校舎中を走り回った。職員室には既にいなかった。中にいた先生に池永先生がどこにいるかを聞くと2ヶ所ぐらい推測で教えてくれた。時間がない。急いで理科準備室に行きドアを開けた。白衣を着た池永先生が驚いた顔をして椅子に座っていた。そこにいたことに安堵したが、目的は会うことじゃない。二手に別れていた2人もこちらに来た。おれは走り回っている間、池永先生に話をした途端にもしかしたら怒鳴られるんじゃないかと少し不安になっていた。もしかしたらこの判断は間違っていたかも、こんなお願い通じる訳ないのかも、黙ってそのまま元の作戦を決行した方がよかったのかも、とまた臆病になっていた。恐る恐る、事の経緯を説明した。かずまはもうすぐ近くまで来ていることも話をした。池永先生はおれの目を見てただじっと話を聴いてくれた。おれは、話の途中で絶対何を言ってるんだと反対されると思っていた。おれは最後まで話を聴いてもらえたことに驚いていた。話を聴き終えた池永先生は「うーーん…」とわかりやすく困った表情をした。どっちだ?みんなじっと池永先生を見ていた。「これは、おれ1人の判断で許可できるものではないから、難しい。でも、学年主任と教頭に、おれから頼んでみる」と池永先生は言った。「マジすか!?」とおれたちの中の誰かが言った。おれたちはまだかずまが出れると決まった訳じゃないのに喜んだ。池永先生がそう言ってくれたことが本当に嬉しかった。「出れるって訳じゃないし、凄く難しいことやからな。おれが頼んでも難しいと思うから、覚悟はしといてや。」と、池永先生はまた少し笑いながら真剣な目でおれらに言った。「はい!お願いします!」おれらは教室を出た。「いい先生やな」と翔太が言った。おれは少し誇らしげだった。ただ安心している時間はない。ステージ袖に戻り急いでかずまに連絡してどうなったか話をした。一応、かずまが出れなかったときのために頼んでいたベーシストにもライブに出る準備をしてもらっていた。すると学年主任がこちらに走ってきた。後ろから、池永先生も歩いてこちらに来た。学年主任は池永先生から話を聞いたようだった。「話は聞きました。気持ちは凄くわかる。けどな、校則でそれは許されへんねん。もしお前らを許したら、その次また同じようなことがあったらそいつらはどうするねんってなるやろ。お前らだけ特別にするわけにはいかへんねん。申し訳ないけど、許可はできひん。」大正論だった。心の準備はしていたがどこか期待していた部分もあった。ショックだった。「でも、かずまは近くまで来てるんよな。特別に、中庭に入ることは許したる。ステージに立つことは許されへんけど、横で見るのは許したる。」と言った。おれたちは複雑な気持ちだった。池永先生が申し訳なさそうにこちらを見ていた。「ごめんな。あかんかった。」池永先生が言った。あとから、池永先生ほんとに必死に頭下げてたよって、それをたまたま見ていた友だちから話を聞いた。おれはそのとき池永先生のこのときの顔を思い出してまた泣きそうになった。そんな先生いるんだって、不思議な気持ちになった。

いよいよ出番直前になったとき、中庭のステージ袖にかずまの担任だった大久保先生が来た。大久保先生はおれを見るなりいきなり肩を掴んで「増子、かずま来てるってほんまか!?もっと早くに言うてくれてたら、なんとかできたかも知らへんかったのに、なんで言うてくれへんかったんや!!」と目頭を熱くしながら強い言葉でおれに言った。おれは一瞬パニックになった。なんなんだ、相談なんて、していいと思うわけないじゃないか。みんなずるい、終わってからそんなこと言うな。頼ってよかったのならおれだってそうしとけばよかったって思う。"もっと早くに言ってくれ"はこっちのセリフだ。そんなことを思ったが、あまりの先生の本気具合と嘘1つない瞳に圧倒され、ごめんなさいの一言しか出なかった。先生はおれに、かずまを呼んでくれてありがとう、と小さな声で強く言った。

おれたちはいつもと違う5人でステージに上がった。客席にはかずまがいた。必死に練習したRADWIMPSの曲を演奏した。ライブのことはあまり覚えていない。

 ライブが終わり、文化祭1日目も終わり、その日は教室に戻ってホームルームがあった。おれはホームルームが始まるまで廊下で友だちと喋っていた。すると廊下の向こうからかずまの姿が見えた。かずまのクラスは10組、おれのクラスは9組で隣だった。少し恥ずかしそうにかずまが教室に入った。するとかずま!?という何人もの大きな声が聞こえた。10組のみんなはかずまが来ていたことを当たり前だが知らなかった。10組はしばらくガヤガヤと賑やかだった。かずまは愛されてるなと思った。教室に響き渡る沢山の嬉しそうな声を聞いたとき、あのとき池永先生に相談するという選択をしてよかったと初めて思った。

この日で教師の見方が少し変わった。これからもきっと忘れない、高3の秋の話。