goodbye,youth

増子央人

2019.09.12

昼過ぎに起きていつものように寝癖を直し歯を磨いてバイトの服に着替えた。何を食べようか考えながら原付のエンジンをかけて町へ出た。今日は昨日より涼しい気がする。肌に当たる風が心地よかった。いつの間にかセミの鳴き声は消えていた。若草山の向こうに見える雲は少しずつ背を低くして、青い空に薄く広く伸びていた。12日経ってやっと、一年の中で最も好きな月の空気を感じた。完成したnothing anymoreを初めて聞いたときの感覚に、とても近かった。祭りの後の喪失感。落ちることなく静かに暗闇と同化した線香花火。火薬の匂い。誰もいない浜辺。来年の花火大会まで、来年の花火大会が来るまでは、一緒にいてほしい。9月のあの雲は、みんなのため息でできてるの?いやいやそんな訳ないと思うよ。9月の夜空に浮かぶ月明かりは、嘘をついた夜にも優しく前を照らしてくれる。あまりにも涼しいので、バイトが終わってから奈良公園猿沢池に来た。池の周りを赤提灯が手を繋いで囲っている。まるで天の川のように、光が密集していた。ばあちゃん、きっとじいちゃんは星になって、2人が暮らしていた街灯のない福島の町を照らし続けているよ。nothing anymoreは、今日みたいな秋の入り口の日に、つまり何かが終わって何かが始まる日にぴったりの曲で、みんなで聴きたい曲じゃないな、独りで聴きたい曲だと思う。BGMにはならない。みんなの前では堪えていたため息が独りの夜にこぼれて、缶ビールでその日の記憶を薄めようとしたそんな夜に、9月の月明かりと同じぐらい、この歌が優しく包み込んでくれる。失ったもの、もう二度と戻って来ないもの、忘れてしまったこと、永遠に続くもの。君の声が聞こえなくなる。