goodbye,youth

増子央人

2019.05.04

先月から、バイト先の居酒屋に中国人の社員が入ってきた。以前までは大阪の系列店に勤務していて、4月で奈良に移動してきた。その人は50歳ぐらいで、もう20年以上日本で暮らしていて、日本語は一通り話せる。でも敬語はほとんど使えない。とても優しくて、親しみやすい人柄だ。22歳の息子がいると言っていた。困ったときの表情が、少し父に似ていた。2人で朝の仕込みをしているとき、「ここのアルバイトはみんなおれの息子といっしょぐらいだから、みんな息子みたいなもんだから、だから私楽しい」と笑顔でおれに話してきた。その人は少し仕事の効率が悪い。そのせいで、毎日のように店長に怒られている。店長は24歳。昨日もその人は仕事が遅いからという理由で怒られていた。店長は出勤するなりすぐに、たまに店に来る係長がその人に怒るときのモノマネをして、1人で笑っていた。何が面白いのかわからなかったが、気がつくとおれは愛想笑いを浮かべていた。癖付いてしまっているらしい。店長はそのあとに少し冗談っぽく、「〇〇さんほんま仕事なんもしてないすもんねえ、そのしわ寄せが全部僕にきててしんどいんすよ。僕なんかゴールデンウィーク1日も休んでないんすよ?もっとちゃんと働いてくださいよ。」と中国人の社員に言った。時々笑いながら冗談っぽく言っているふりをしていたがそれは確実に本音だった。「それぼくのせい?」中国人の社員が言った。やっぱり困った顔が父に似ていた。「そうです全部〇〇さんのせいです」店長が笑いながら言った。店長だけが笑っていた。おれは聞こえていないふりをして何も言わずにキャベツを切っていた。

店長は中国人の社員と話し終えると、おれに「そういえば増子さんのバンドはいつテレビ出はるんですか?」と聞いてきた。音楽に対して無知な人からその類の質問を受けても、もう何も思わなくなった。店長がおれに投げたその言葉は少しも腹黒くなく、言葉以上の意味は持っていなかった。そう思うようにした。「いやあテレビとかはまだまだ全然出ないですねえ」と言うと店長は、ああそうなんですねえ、と言いながら、下手くそな笑みを浮かべていた。その瞬間の間が面倒くさかったので、すぐに目線を手元のまな板に戻した。休憩時間に居酒屋の個室から見た空は別世界のように真っ青で、外は暖かそうだった。イヤホンをつけて座敷に寝転がりながら、MGMTのTime to Pretendを聞いた。踊りたいとは勿論思えなかった。家に帰ったらまずビールを飲もう。そう思った。