goodbye,youth

増子央人

2019.03.23

最近は小説を読んでいる。以前よりも半ば義務的に、でもとても楽しく読んでいる。死ぬまでに、いやそんな呑気なことは言ってられないので、少なくとも30歳になるまでにできるだけ頭の中に他人の書いた文字を沢山詰め込みたい。時計の針が止まることは永遠にない。うかうかしていたら人はすぐに死んでしまう。本を何冊か読んで、最近気が付いたことがある。おれは昔から、ミステリーやホラー、SF小説みたいなものにあまり興味が湧かない。自己啓発本なんて以ての外だ。おれは日常が書き留められた私小説がとても好きだ。映画もそう。大きな物語の起伏があるものは、そりゃ面白いと思うものもあるが、あまりそういう部分は小説や映画に求めていないらしい。生々しい人の生活の話、だらだらと進んでいく日常の話、そういうものを描写している作品に惹かれる。調べてみると、おれが好きな小説は、純文学という種類に当てはまるらしい。名前だけ聞いたことがあり、特にそれがどんな小説のことを言うのかあまり気にしていなかったが、日本の小説は大体が、娯楽性を持つ大衆文学と芸術性を持つ純文学とに分けられる。素晴らしい純文学の小説は売れない、ともネットの記事に書かれていた。音楽もお笑いも小説も、どの世界にも同じような話があるらしい。しょうもないな。そもそも芸術とは、金を生み出すためのものではない。人の財布を豊かにするものではなく、人の心を豊かにするもののはずだ。四季と同じだ。そもそも金にはならなくていいのではないか。…これは到底音楽を売っているものが言うセリフではない。無茶苦茶だ。金は欲しい。金も人の心を豊かにする。難しいことがこの世には多すぎる。知識をつければつけるほど、わからないことが増えてくる。

今日は十三でライブをする。リハが終わり、淀川の河川敷の前の喫茶店に入った。リハ前にもこの河川敷に来た。カップルが土手に腰を下ろし、グラウンドでは少年野球のチームが練習をしていた。昔、好きだった人に会いに、終電に乗ってこの河川敷まで来たことを思い出した。今日は曇り空なので夕陽は見えなかった。もうすぐ一番手のバンドが始まる。ライブハウスに戻らないと。