goodbye,youth

増子央人

2019.02.21

茶店で店員に置かれた砂時計を無心で見つめていた。アナログで、原始的なこの時間の測り方には、言葉では表すことができない、非効率的な美しさがある。世界はすべてが効率化されていく。中国では、生まれてくる前の子の受精卵の遺伝子を編集し、HIVにかからない赤ちゃんを誕生させた、とニュースで無表情なアナウンサーが話していた。遺伝子操作ベイビー、人の技術はついに神の領域に踏み入れようとしているのか。神の領域?神とは、マイケルジョーダンのことではないのか?

右手の窓の向こうには観光客が歩いている。ドアの横の机の上には無名アーティストの弾き語りライブのフライヤーが置かれている。ライブの日付は3月5日。3月か。もうすぐ春になる。今年もまた桜が咲くのかと、去年の桃色を思い返していた。人はなぜ、あの桃色に想いを馳せるのか、人はなぜ、あの目の前で燃える線香花火に、人はなぜ、紅く染まる紅葉に、人はなぜ、街を彩るイルミネーションに、想いを馳せるのか。そんなことを一年に4回、おれは今26歳だから、80歳まで生きたとして、残り54年、216回も季節の変化を感じるのか。なんだ数字にした途端急に野暮な話に聞こえてきた。興醒め。詠まれた短歌に点数をつけることと同じぐらい興醒め。窓の向こうでは80歳ぐらいの爺さん3人が肩を組んで笑いながら歩いている。酔っているのか?どちらにしろおれの今の思考よりあの爺さんたちの方がよっぽど趣がある。今日もおれは誰にもなれなかった。明日もおそらくおれは誰にもなれない。この前いっしょに飲んだバイト先の後輩に、増子さんってコンプレックスだらけですよね、と突然言われた。馬鹿を言うな、おれは自信に満ち溢れている。なぜならあの朝練の体育館で先生はおれに期待していると肩を叩いてくれたし、あの先輩もあの先輩もお前のドラムは良いと言ってくれたし、何人かは増子さんの書く文章が好きですと言ってくれたし、この前行った居酒屋では飲んでいた奥様2人からあんた笑った顔素敵やねと言われたし、投げかけてもらったそういった言葉たちを掴んで、大丈夫と、鎧のように全身に貼る。その鎧たちでコンプレックスなんて完璧に隠している。目を見てはっきりと、そんなことを言うな。少し酔いが覚めてしまった。まあ酔いが覚めたらまた飲めばいいだけなんだが。やっぱりその日も沢山飲んでしまった。でも記憶はある。