goodbye,youth

増子央人

2018.12.21

窓の向こうには青空、暖房の付いたこの部屋は乾燥していて空気が悪い。外は冬、おれは半袖でバイト先の居酒屋の個室に寝転がっている。休憩時間はもう少しで終わる。今年の年末年始はバイトすることになった。あれ、もう今年が終わる、部屋に置いてある空き缶をさっさと片付けないと、掃除機もかけないと、5日前から干されっぱなしの洗濯物もたたまないと。手から生魚の匂いがする。店長が来る前に慌ててつまみ食いした昼飯のせいで胃がもたれている。天井から吹く乾いた空気がやる気をどんどん奪っていく。乾いてひび割れた唇の皮を上下の歯で破り取って食べた。

今読んでいる小説は気色の悪い描写が多い。豚の死骸の近くで交尾する汚い野良犬、その犬を殴り殺して売ろうとする少年たち、泥酔の衛兵、あとなんだっけ。小説を読んでいる間は現実世界の思考が止まる。読んでいない間は現実世界の思考が進む。窓の外の空が曇ってきた。遠くで踏切の音が聞こえる。橿原神宮前から発車した奈良行き快速急行があの人の家の前を通過した。大和西大寺駅で乗り換えて、おれたちは銀河の果てへ向かう。メロンソーダフロートの上に乗っているアイスクリームと星々がなる木を横目に快速急行は走る。札束でできた渡り鳥の群れが電車の前を通り過ぎた。捕まえれば億万長者になれたのに、惜しいことをした。線路は空と空を繋ぐ。誰かが書いた架空の話が頭の中を駆け巡り、自由な思考が一人でに走る。不自由なこの個室の窓から見えるあの曇り空に溶けた自由な思考は休憩時間の終わりと供に浄化した。手から生魚の匂い。