goodbye,youth

増子央人

2018.11.01

昼前に寒さで目が覚めた。カーテンを開けると窓の外は冷たそうな灰色の空気で塗り潰されていた。去年買った厚手のパーカーを引っ張り出して、去年と同じように着てみた。夏を思い出そうとしても、もう随分昔のことのように感じて、蝉の声も、山の上に伸びる入道雲も、夕立の後の街の香りも、もう忘れてしまった。また同級生が結婚していた。昔、一度くらいヤレたらいいなと思っていたあの同級生も、すっかり母親の顔になっていた。街行く人々はダウンジャケットやコートを羽織って、もうすっかり冬の装いをしていた。おれはまだ少し気持ちがついていけず、去年の冬の匂いのするパーカーを着て部屋の窓からぼーっとただ外を眺めていた。腹が減ったので寝癖を直して髭を剃って、街へ出かけた。やっぱり街にはもう冬が片足を突っ込んで軽く会釈していた。入ったコンビニですれ違った髪の毛がボサボサでジャージ姿の女の人から昔好きだった女の人の匂いがして、少し嫌な気持ちになった。缶ビールでも飲もうかと思ったが、やめて爽健美茶にした。誰も人の頭の中のことはわからないし、誰も人の物にはならない。目の前を歩くあのサラリーマンにぶつかった冷たい風は同じようにおれの無防備な頬にぶつかった。今日も奈良では何も起こらない。明後日からツアーが始まる。