2018.05.08

スタジオからの帰りの電車内は雨で湿気が強い。今日はスタジオの時間までのバイト中にたまたま、おれの好きだった昔働いていた先輩の話になった。少し前にここにも書いた、あの嘘つきの先輩の話だ。今日いっしょに入っていた、歳は下だが職歴はおれより上なので話すとき敬語を使っている大学生もその先輩を知っていて、その話になったのだが、おれも知ってはいたが、その先輩は驚くほどみんなから嫌われていた。何年も働いていたその先輩は、長年レジのお金を盗んでいたことがバレて、クビになった。先輩は自分を大きく見せる嘘ばかりつくし、どうやらレジのお金がなくなっていたことをしばしば他のバイトの人たちのせいにしていたらしい。盗んだお金は30万近くになっていたらしい。おれはあまり深くは知らなかったので、今日それを知って少し驚いた。だとすると、あのとき奢ってくれたコンビニのいくらおにぎりも、夜勤明けの生ビールも、しまほっけも、もしかして、盗んだお金で奢ってくれていたのかな、とその先輩との少ない思い出を振り返っていた。

先輩、お金持ちだなんて、やっぱり大嘘だったんですね。でも、あの日、いっしょにバイト上がって飲みに行ったあの席で、おれのバンドのこと店長に得意げに話ししてくれたことや、応援してるって言葉は、嘘じゃなかったと、やっぱりおれは思うんです。あのときの先輩の目は、嘘つきの目じゃなかったって、すごく都合のいい捉え方ですが、おれは思うんです。だからおれはあのとき、凄く嬉しかった。今でも、5年前に先輩が教えてくれた包丁の握り方で、魚を切ってます。先輩に教えてもらった通り、洗い終わった食器はできるだけスペースを取らないように片付けています。あのときよりずっと、綺麗な玉子焼きを巻けるようになりました。おれは先輩のこと全然嫌いじゃないんですが、今日、いっしょにシフト入っていた子が、先輩のことをただひたすらけなして笑っていたとき、おれもいっしょになって笑ってしまいました。「そうっすね〜」なんて言って、共感したフリをしてしまいました。否定の一言も出ませんでした。そのとき、自分が酷く小さく思えて、情けなくて、それなのにまた、適当な愛想笑いを続けていました。いつかおれが売れたら、キンキンに冷えたビールを奢ります。それで今回のことは、チャラにしてくれませんか。それと、おれ今、あのときの先輩と同じぐらいの歳になりました。今なら、なんで先輩が過去の自慢話ばかりしていたのか、自分をより大きく見せるための嘘を沢山ついていたのか、少しわかる気がします。

誰が否定したって、おれの中では、先輩の人生は間違いじゃない。何故かおれはそう思う。先輩の嘘も、本音も、働き続けた姿も、盗んだお金も、見せてくれた子どもの写真も、けなす後輩の言葉も、おれの逃げの愛想笑いも、たぶん忘れない。先輩は、弱い。おれは、強くありたい。