goodbye,youth

増子央人

2018.04.30

東京からの帰りの車の中。えーすけが突然、昔聞いてた曲を聞きたいと言い、アジカンのソルファを流し出した。歴史的名盤が車内の雰囲気を懐かしくした。今日、東京でスペシャTVの中のある番組の収録があった。その番組内でメンバーの大切なものを紹介するコーナーがあり、おれは東田直樹さんという自閉症作家の方の小説を紹介した。重度の自閉症患者の彼の書く文章は驚くほど綺麗で、初めて読んだときは感動が止まらなかった。おれにとってはまるで宇宙人と遭遇したかのような、そんな衝撃だった。重度の自閉症の彼は普段人と会話をすることがほとんどできない。そんな彼は、母親と彼自身の努力によって、文章という意思伝達手段を手に入れた。自閉症の人の頭の中という、これまで誰にもわからなかったことを、彼は文章を通して全世界の人に伝えている。彼の書く文章は本当に綺麗で、リアルで、どこか幻想的で、自閉症の人が書いているから凄い、という話でもなく、ただ表現者として素晴らしい。自閉症の人というのは、精神崩壊をしているわけでも、頭がおかしいわけでもなく、ただ自分の気持ちを、感じたことをアウトプットすることができないだけだったんだと、彼の本を読んでわかった。頭の中はおれたちと何にも変わりない。そんな不思議なことがあるのかと思った。例えばおれたちは、思ったことをそのまま口にすることができる。口にしないこともできる。お腹が減ったらお腹が減ったと言い、綺麗な星空を見たら綺麗だと言える。当たり前のこの、言葉をアウトプットするということが、できなかったとしたら。頭の中はみんなと何にも変わらないのに、感じたことを、自分だけが言葉にできなかったとしたら。そんな怖い世界は、想像もできない。みんなはちゃんと性能のいいロボットを操縦しながら生きているのに、自分だけが最初から壊れたロボットを操縦して生きているような感覚。そんな世界で生きてきた25歳、おれと同い年の彼は、母の惜しみない愛と自身の努力によって、文章が書けるようになった、それもとても綺麗な表現力で。それでも彼は、やっぱり人との会話はほとんどできない。とても不思議だ。会話ができないという自覚もあるし、自閉症の人がよくする、理解し難い行動、例えば、何もないのにずっとその場で飛び跳ねたり、突然大声で叫んだり、そういった行動のすべての理由を、彼は文字にして本の中で伝えている。ただの異常行動だと思われていたそれらの行為にも、すべてに理由があったんだ。ありがとうも、ごめんねも、言葉にできないということが、どれだけ怖いことか。どれだけもどかしいことか。そんな世界で生きている彼の文章は、何度も言うが、とても美しかった。そんなことを考えながら窓の外を見ると新東名高速の綺麗なネオンが目に飛び込んできた。その向こうには満月が1人ポツンと輝いていた。えーすけはまだアジカンを車のスピーカーで大音量で聞いている。なおてぃは黙々と運転をしてくれている。明日はまたバイトがある。もうそろそろ寝よう。