goodbye,youth

増子央人

2018.04.03

家を出てすぐ、羽織っていたシャツを脱いだ。そうか、今日はついに半袖でも大丈夫な日なのか、と少し嬉しくなった。歩いていると、左手側にグラウンドが広がるいつもの光景、そこで野球部が練習していた。それを横目に見ながら、バス停までの坂道を歩いた。

昨日の夜、セカンドストリートに着なくなった服を売りに行った帰り、ふと上を見ると視界に月が入ってきた。3日前ぐらいが満月で、昨日の月は少しだけ欠けていたが、とても大きく、真っ暗な奈良をじんわりと照らしていた。小学生の頃、宇宙が大好きで、学校の朝の読書の時間には決まって宇宙についての本を読んでいた。太陽系や銀河系の話、プロミネンスやブラックホールやビッグバンの話、全てが未知の世界の話で、読むたびにワクワクしていた。毎日のように夕方の食卓で父さんと母さんにその日得た知識を得意げに話ししていた。頭の中で毎日、宇宙のことを妄想して、知らないからこそ無限に広がる妄想は、人に話さないまま、自分の頭の中だけで大きく育っていった。去年、対バンしたバンドのメンバーに、京都大学に通って宇宙の勉強をしているという人がいた。おれは嬉しくなって、打ち上げで、自分の中で育てていたおれの宇宙を、満を辞して、その人に話した。なんすかそれ?と流されるんじゃないかと思ったが、宇宙好きなら聞いてくれるだろうと思い、宇宙は実はこうなってるんじゃないかって思うんだって、酒を飲みながら必死に話した。するとその人は、「あぁ、◯◯論ですねそれ。」と、おれに言った。へ?と、おれは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。もうすでに、学者たちが、おれが1人で妄想していたその考え方を、何年も前から研究していたらしい。すでに存在していた定説の話を、おれは小学生の頃からずっと1人で妄想していたんだ。それがわかったときの感動は今でも覚えている。無知は愚かだが、知らないからこそ想像は無限大に広がっていく。自分だけの妄想だと思っていたものが、実は自分以外の沢山の人達が同じことを思い、それをおれ以上に深く追求している、その事実は、なんだかとても不思議で、とても嬉しくて、やっぱりその日は飲み過ぎた。

最近、"君たちはどう生きるか"という本を読んだ。その本の主人公が、この話に似たような体験をしていて、なんだかおれはその本の話が他人事には思えなかった。とても大事な本がまたできた。