goodbye,youth

増子央人

2017.10.03

窓の外で海がまるで生きているかのように常に動いている。遠くの水平線が、地球は丸いということを示している。空の色とは確実に違う青をした海は所々に白が散りばめられている。常に動いている海は風のせいか、地球が回っているせいか、その両方なのか、とにかく不思議だ。昨日の夜、小樽からフェリーに乗った。夜の出航時間までは札幌で時間を潰した。テレビ塔のある大きな公園のベンチで座っていると前のベンチにボロボロのアコースティックギターを弾きながら誰にも届かないような小さな歌声でメロディーを歌う外国人が座っていた。見た目は少しカートコバーンに似ていて、ワイルドな金髪と髭がカッコよかった。その外国人は周りを見ておもむろに立ち小さな声で歌を歌いだした。札幌の紅葉の下、少し冷たい澄んだ空気の中で歌うその姿は美しかった。おれ以外に誰も彼の歌は聞いていないようだった。たまに通りすがりの外国人が小銭をその人の目の前に置くぐらいで、その人たちも歌を聞いている印象はなかった。歌を歌うその外国人に凄く興味があった。異国の地の路上で1人ギターを弾き歌を歌い金を貰おうなんておれなら思わない。何を思って歌っているのか凄く興味があった。おれは暇だったのもあり、コンビニでビールを二本買ってきてタイミングを見てその人に話しかけた。その人は日本語はほとんど話せなかった。ビールが好きかと聞くと笑顔でもちろんと言い、おれが買っていたビールを渡すと驚き喜んでいた。その人は歌うのをやめ、おれたちはベンチに座りいっしょにビールを飲んだ。何歳なのか、どこからきたのか、なんで札幌で歌っているのか、好きな音楽は何か、色々しどろもどろの英語で聞いた。驚くほど早い英語で質問の答えが返ってきた。そのとき、少し前にいっしょにツアーを回っていた黒人のデイビッドは凄くゆっくりおれたちに英語を話してくれていたんだなと、思い返して彼の優しさに少し感動していた。半分は聞き取れて半分はよくわからなかった。その人は会話をしながらポロポロと綺麗なコードでギターを弾いていた。その人はヒッチハイクで世界を旅しているらしい。1年前飛行機で日本に来て、またヒッチハイクで今度は日本を回っているらしい。島国だからなかなか出られないよ、みたいなことを笑いながら言っていた。飛行機代なかなか貯まらないよ、みたいなことも笑いながら言っていた。これがアメリカンジョークというやつか、いやジョークではないか、と思っていた。お金は弾き語りと、ボランティア施設で泊まりながらアルバイトをして稼いでいると言っていた。たぶん。おれが英語で聞けるレベルのことを大体聞き、これ以上いても特に何もないなと思い、I'll goと言って席を立った。その人は「ビールありがとう」みたいな意味の英語を言っていたと思う。握手をして別れた。名前も聞いていないが、こういうのもたまにはいいなと思った。周りから到底理解されないようなことを真剣にやる人は面白い。何かエネルギーに満ちている。冷たい風が余計に気持ちよく感じた。

海の見える窓の横の椅子にご飯を食べたりしながらもう6時間近く座っている。札幌のブックオフで買った本を一冊読み、今これを書いている。船酔いしないタイプでよかった。太陽が水平線の向こうに沈もうとしている。おれが見ているあの水平線の向こうには中国大陸があって、そこでは全然知らない言葉を使った人々が生活をしている。なんだか嘘みたいだ。言葉が通じなくても、綺麗な景色の下、美味しいビールを飲めば心は通じる。そんな馬鹿みたいに能天気な世界ならいいのにと思う。