goodbye,youth

増子央人

2017.09.19

コンビニATMの前、残高の数字は久しぶりに見る高い金額だった。頑張ったんだなと少し感傷に浸っていた。その数字は音楽によるものではない。それでもおれは、バンドが仕事だと声を大にして言う。稼いだ金の量ではない。そう意識することがきっと大事なんだ。と、頭で思ってはいても、「お仕事何されてるんですかぁ?」と罪なほど能天気に聞いてくる美容室のお姉さんには「フリーターです」と言ってしまうときがある。説明がめんどくさい。そしてバンドの話しをそういう人にしている途中で少しでも自分を大きく見せようとする自分に気付いたとき、恐ろしく惨めな気持ちになる。人はカッコつけたい生き物なんだと思う。遠征から帰ってきたその日の夕方バイトへ行った。新婚旅行で沖縄へ行っていた店長はオリオンビールをおれにくれた。前のブログにも書いたことがあるが、この店には昔、今は辞めている酷く嘘つきの先輩がいた。その嘘のほとんどは自分を大きく見せるための嘘だった。車を売る会社を自分で立ち上げ今経営していると言っていた。毎月の給料は70万ぐらいあると言っていた。その先輩は長野の大学を休学していて、向こうの大学で出会った人と結婚し、その人は今奈良の大学に編入したので先輩も奈良にいるんだと言っていた。これは本当の話だ。できちゃった結婚で、産まれたばかりの子どもも1人いる。これも本当の話だ。バイトをしている理由は、奈良で友だちがいないから、友だち作りのためだと言っていた。ずっと続けている理由は、楽しいからだと言っていた。本当と嘘がおそらく混ざっていたので、どこまでが嘘でどこまでが本当のことかはわからないが、当時のおれはすべて信じていた。一年ぐらい一緒に働いて、月70万も稼ぎがあるのに週5で働き続ける先輩に違和感を感じ、段々嘘だったのかなと思うようになっていった。おれはその先輩が大好きだった。先輩はおれに優しかった。仕事に対しては真面目で丁寧な先輩は、たくさんのことを教えてくれた。上がる時間になってもなかなか言い出せない雰囲気だったときも、気を遣っておれを上がらせてくれた。先輩はおれの前でできるだけお金持ちのフリをしていた。コンビニでよくジュースを奢ってくれた。200円もするいくらおにぎりを奢ってくれたときもあった。先輩の嘘をまだ信じていたとき、200円のいくらおにぎりで興奮していたおれに「こんなん値段見たことないわぁ」と言う先輩をただ凄いとしか思わなかったおれは今考えるとただのアホだなと思う。先輩はおれと一緒にコンビニに行くとき、絶対におれにお金を出させなかった。出そうとしてもそれを拒否した。先輩の休憩中の晩御飯は家で奥さんににぎってもらったおにぎりだった。それを見てもまだ先輩の嘘を信じていたおれは本当にただのアホだなと思う。一度だけ、営業終わりに2人で居酒屋へ飲みに行ったことがある。その店は先輩の行きつけだったようで、店主と仲が良さそうだった。「こいつバンドしてるんですよ!なかなかカッコよくてね、凄いんですよ!」と酔って顔を赤くしながら店主におれのことを紹介してくれた。先輩のその得意げな顔が嬉しかった。何杯か飲んだあとビールのおかわりを頼むと先輩が「ましこ、もうそろそろやめとこか、店も閉まるしな」と苦笑いしながら言った。今思い返すと会計がこれ以上高くなることを恐れていたのかもしれない。2人で酔っ払い、じゃあなと駅で別れて始発で帰った。先輩と2人で会ったのはその一回だけだ。おれの前で先輩は、ずっとカッコいい先輩であろうとしていた。そんな先輩は、おれは車屋の社長という人に会ったことはないが、どの車屋の社長よりも魅力的で、カッコよく見えた。いくらおにぎりも、ジュースも、何杯も飲んだ生ビールも、たまにわけてくれた家のおにぎりも、全部カッコいい先輩のかけらだ。そんな先輩がおれは大好きだった。