goodbye,youth

増子央人

2017.06.26

天気予報士は梅雨入りしたと言っていたのに、あれから雨は恐らく1日しか降っていない。降るか降らないのかよくわからない灰色の天気が続く。休みの日の靴紐は緩い。誰とも会わない日は髭を剃らない。バスの窓から外を見ていると生い茂った新緑の木々が目に飛び込んできた。最近まるで会っていない、父のことをふと思い出した。仕事の帰り道、革靴を片方失くして帰ってきた父は母に怒られていた。申し訳なさそうに、カブト虫を捕れなかったことをおれに謝ってきた。ある日偶然父が道にいたカブト虫を捕って帰ってきたとき、おれが大喜びしたからそれからほぼ毎日カブト虫を捕って帰ってきた。父は帰り道、車を止め生い茂る木々に自分の靴を投げつけカブト虫を捕っていたらしい。その日は投げた靴が木にひっかかり捕れなくなったと言っていた。父がそんなことまでしてカブト虫を捕ってくれていたのかと、幼い頃のおれには衝撃的だった。その日の父の顔は今でも鮮明に思い出せる。綺麗に光る思い出のその玉は、たまに強く輝いて、暗い道を照らしてくれる。