goodbye,youth

増子央人

2019.06.11

リハーサルを終え、一人で淀川の河川敷まで歩いた。4年ほど前から、十三FANDANGOでライブをするときは雨の日以外、ほぼ毎回河川敷へ来ている。いつも少し歩いて、近くの喫茶店へ入りスタートの時間まで時間を潰す。今日は火曜日で、いつもの喫茶店が16時までしか開いていなかったので別の喫茶店へ行こうとしたが、そこも閉まっていた。火曜日を定休日にする喫茶店は多いのか。仕方がないのでまた河川敷へ戻りしばらく歩いた。戻る途中、高校の体育館の横を通った。ダムダム、キュッキュッ、とバスケをする音がした。いつ聞いても心が動き、興味がその音の出る場所一点に絞られる。精一杯に背伸びをして、壁越しに体育館を覗いた。後ろのビルの警備員がこちらを見ていたがそんなことは気にしない。悪いことは何もしていない。練習試合をしているらしく、ビブスを着た高校生たちが先生の元へ集合して真剣な眼差しで話を聞いていた。もっと見ていたかったが背伸びで足がつりそうになったので、河川敷へ戻った。河川敷では色んな人が色んな犬を連れて散歩していた。素敵な光景だった。動物を愛しながら、動物とともに歩む人生はやはり、とても素晴らしく、充実した日々を送ることができるのだろうと、最近また強く思う。人はどの生き物のことも見下すことなんてしてはいけない。人間はそんなに綺麗で偉いものではない。だからと言ってビーガンになれるかと言われると、きっとなれない。そこまでの強い意志はない。散々歩いて喫茶店を探したが結局開いている店はどこにもなく、仕方がないので大通りにあるモスバーガーに入った。

今日は十三FANDANGOでライブをする最後の日だ。幾多もの大切な夜をあの場所で過ごした。一番覚えているのは、2014年9月7日の"夏の終わり"。My Hair is BadLAMP IN TERREN、ピアノガールに出てもらった。この日に、"手を振る"を全国リリースすることを発表した。なんとかソールドアウトさせたくて、連絡帳に入っていたほぼ全ての人にそれぞれの文章で告知メールを送った。半分ぐらい返信が来た。その更に半分ぐらいの人が見に来てくれた。本当に嬉しかった。中学、高校、大学、バイト先、色々な場所で出会った人たちが見に来てくれた。初めて十三FANDANGOの自主企画でソールドアウトすることができた。来てくれた人たちはライブハウスに来たことのない人たちばかりで、当日のフロアはまるでクラス替えしたばかりの教室のような、謎の緊張感に包まれていた。この頃はいつもそんな感じだった気がする。打ち上げでは案の定飲み過ぎてあまり覚えていないが、とにかく楽しかったことは覚えている。みんなで朝まで飲んだ。夏の終わりは特別な記憶として、消えないペンキで胸の奥の壁に落書きされている。あの日に"手を振る"を出すことを発表して、CDを発売して、日本がひっくり返るんじゃないかと本気で思っていた。実際にはCDを発売しようが日本はひっくり返らなかったし、思っていた10分の1も話題にならなかったが、本気で革命が起こるんじゃないかと思える音楽をしているということは、とても贅沢なことなのかもしれない。

十三という街はそんなに好きな方ではないので、ライブハウスがなくなればきっともう来ることはない。この河川敷に来ることももうないかもしれない。整備されたグラウンド、汚れたユニフォームで練習する野球少年、ゴールデンレトリバーを散歩する優しい顔のお爺さん、階段に座り手を繋ぐカップルの背中、小さな声で鼻歌を歌いながら自転車を漕ぐ女子高生、川の向こうのビル群、橋を渡る阪急線、どうでもいい風景を目に焼き付けた。…いや、また来るかもしれない。また来ることになればいいなと、何故か他人に委ねるように、無責任に思った。

 

2019.06.01

今日は一日中バイトをしていた。夕方、バイト先に下村先輩が友だちと飲みに来た。下村先輩は高校時代のバスケ部の先輩で、たぶん高校を卒業してから一度も会っていなかった。久しぶりすぎて一瞬気が付かなかった。忙しかったのでゆっくり話す時間もなく、一時間ほどで下村先輩は店を出て行った。下村先輩はバスケがあまり上手ではなく、先輩が3年生になった最後の夏もBチームに所属していた。とても優しく、おっとりしていて、いつも控えめな印象だった。正直そんなに話もしなかったし、これといった2人の思い出もなかった。下村先輩、おれがここでバイトしていることを知って、何を思っただろう。今バンドしてて、って言えばよかったかもしれない。下村先輩が飲み干した空っぽの中ジョッキを片付けながら、そんなしょうもないことを考えていた。

帰り道、いつものセブンイレブンに寄り、晩飯を買って帰ることにした。いつも見るおにぎり、弁当、パスタ、うどん、そばのコーナーのラインナップは勿論いつもとほとんど変わらず、さすがに飽きてきた。セブンイレブンの商品開発部もさすがにそんな頻繁に新商品を打ち出してはこない。冷凍食品コーナーやホットスナックコーナーの前にも行ったがこちらも勿論いつもと変わらず、かれこれ20分ぐらい各コーナーの前をうろうろしていた。結局、レンジで温めるだけで食べられる肉うどんを買い、家へ帰った。うどんを食べたあと缶ビールをあけたが3口ほど飲んでもういらなくなり、本を読んでいたが5分も経たずにソファで寝落ちしそうになったので缶ビールの残りをシンクに捨てて歯を磨いて寝た。

2019.05.29

朝、いつものように家を出る20分前にiPhoneのアラームが鳴った。アラームを止めてApple Musicを開き、最近リリースされたALEX LAHEYの新譜を一番大きい音で再生した。髪の毛をシンクに突っ込んで全体を満遍なく濡らしてタオルで軽く水気を取りドライヤーで乾かした。いつもこうして寝癖を直している。髭を剃って歯を磨き、一口だけ水を飲んで家を出た。外は穏やかに晴れていた。スタジオで録音した新曲を聞きながら早足でバイト先へ向かった。今日はバイトの後に親知らずを抜く予定があった。本当に嫌な予定だ。何度か、適当な嘘をついてキャンセルしようかと思ったが、これ以上この重大任務を先送りにすることは良くないとわかっていたので(一度嫌すぎて当日にキャンセルをしている)、なんとかキャンセルをしないまま歯医者に到着した。もう良い歳した大人なので公の場で感情を顔に出すことはほとんどない。たぶん。なので歯医者の前でも何食わぬ顔で口を開け口内に侵入する麻酔の注射針も無表情で受け入れるが、心の中では日本列島観測史上最大規模の台風が上陸し大雨洪水、海岸沿いは津波で大荒れ、街では風速100メートルの暴風が吹き荒れていた。勿論そんな大惨事は大人なので顔には出さない。しかし左手だけがキャパオーバーしたのか、その大惨事が少しだけ漏れ出てしまった。おれの左手は右手の親指と人差し指の間の少し柔らかい部分をこれでもかというぐらいにつねった。こっちの方が痛いですよ!本当の事件現場はこっちなんですよ!と左手は必死に体と脳を騙そうとした。その努力の甲斐あってか、歯医者の腕が良かったのか、まあ恐らく後者のおかげで、抜歯はあっという間に終わった。一瞬の痛みはあったが、そんなもの、右手の痛みに比べれば大したことなかった。右手にも麻酔を打ってもらった方が良かったのかもしれない。抜かれた歯を歯医者に見せてもらいそのサイズ感に驚いた。歯科助手の方がにっこりと笑って、これ持って帰りますか?と聞いてきたが、どう考えても必要なかったので、苦笑いをしながら断った。抜歯後の開放感は凄まじかった。日本列島観測史上最大規模の台風が去ったあとはその暴風が全ての雲を吹き飛ばし、見たこともないような青空が広がっていた。心の天気と比例するかのように、歯科医院を出ると外は気持ちのいい気候で、雲こそ少しあったが日差しは何にも邪魔されずに奈良の街を照らしていた。唇に少し麻酔が残っていて口の中で血の味がしたが、そんなことは気にならなかった。原付で帰っている途中、見たことのない路地を見つけたので、寄り道をして帰ることにした。狭い路地を抜けて、分かれ道が出る度に何となく良さそうな雰囲気の方へ曲がって行くと万華鏡喫茶店という喫茶店を見つけた。年季の入ったドア、汚れなのかそういう加工なのかくもっていて中がよく見えない窓ガラス、外観は雰囲気が良かったので、今度1人で行ってみようと思った。少し進むと知っている道に出たので、そのまま家へ帰った。今日はお酒を飲まないでくださいと言われたので、ひたすら本を読むことにした。途中ソファに座りながらうたた寝していたが、口の中の血が喉に入ってきてむせて起きた。一瞬何が起きたのかわからなかった。水で軽く口をゆすぎ、ベッドに移って今これを書いている。まだ血の味がする。部屋の照明に1時間後に切れるタイマーをセットしたので、今日はもう少し本を読んでそのまま寝落ちしようと思う。

 

 

 

 

2019.05.24

福山から広島市へ向かう。最近、友だちの家で聞いてから、久しぶりにandymoriを聞いていた。今車内ではえーすけがiPhoneBluetoothに繋げて音楽を流しているが、さっきandymori1984が流れてきた。えーすけはこういうときいつも洋楽ばかり流しているので、そういう音楽がリンクすることは珍しい。おれはイヤホンを付けて16を聞いた。山に挟まれた高速道路を機材車が走る。晴れた空は真っ青で、窓の外には緑と青のコントラストがとても鮮やかに描かれている。白い画用紙にポスターカラーで描いたみたいだ。どこかの街で、いくらかの小銭が入った段ボールの前で地面に額を擦り付けて通行人に土下座をし続けていたあのお爺さんの目にも、ブラック企業のシフトに日々うんざりして人の悪口ばかり言う居酒屋の店長の目にも、ギャンブルに負けた日の父の目にも、酒に飲まれてグズグズのおれの目にも、この空は平等に青く、山は緑色に輝き、風は髪の毛を撫でてくれる。外の世界はこんなにも優しい。今日は各地で30度を超えているみたいだ。もうすぐ夏が来る。海を見に行きたい。そうだ、今日は海を見に行こう。

 

 

 

2019.05.16

近所の閉店したたこ焼き屋の前には新しい3階建ての小さなビルが建っていた。その場所はずっと工事中だったが防音シートがなくなってまるでそこに突然現れたかのように綺麗なビルが建てられていた。おばあちゃんが1人で経営していたたこ焼き屋の窓ガラスには"店を閉めさせて頂きます 長い間有り難うございました"の貼り紙が申し訳なさそうに貼り付けられていた。バイト先では、大学生の後輩が「僕、〇〇とやったんすよ」と、先月に店を辞めた女の子とセックスしたということを暴露していた。おれには関係なかったがその女の子は少し可愛かったので、妙な気持ちになった。気分の良いものではなかった。営業中暇だったので、最近名前をよく聞くバンドのMVをYouTubeで見てみたが、何も良さを見出せず驚くほど無駄な時間を過ごした気になり見るのをやめてiPhoneをポケットに閉まった。家に帰ってきて部屋のドアを開けるとシンクの横に溜まった缶からうっすらとアルコールの匂いがした。昼過ぎにライブハウスに入りをしたときのバーカウンター付近の匂いと同じ匂いだった。少し嫌な気持ちになった。部屋干ししていた洗濯物を畳み、洗濯機を回して溜まっていた洗濯物を干した。あの瞬間はいつも死ぬほど面倒くさい。今日もなんとか洗濯物を干した。主婦は、母は、偉大だ。部屋は洗剤の清潔な匂いに変わっていたが、やはりシンク付近だけは乾いたアルコールの匂いがした。スタジオへ行く前にローソンの前で見た夕陽がとても綺麗だった。明日、缶をまとめて捨てようと思った。

 

 

2019.05.10

窓から見える夕方の奈良に桃色の西陽が差し込み、どこからかカラスの鳴き声が聞こえてきた。カァ、カァ、と、街に夕方を知らせている。近くの神社で鐘が鳴った。その鐘の音はまるでおれにしか聞こえていないような、隔離された、少し侘しい音だった。いつも通りバイトを終えてスタジオへ向かおうとしたら、近鉄電車が人身事故で止まっていた。河内小阪駅付近で誰かが線路に飛び込んで、線路の間にバラバラの物体が飛び散っていたらしい。大丸ビルの飛び降り自殺の時のように、目の前にいるこの人は線路に飛び込むだろうな、とわかっている状況なら、人々は、その人が飛び込む一部始終を何も言わずにスマホで撮影をするのだろうか、おれがその場にいればどうするんだろう、と無意味なことを考えていたら、40分遅れの難波行き準急がホームに到着した。The Get Up Kidsの新譜を聴きながらスタジオへ向かった。バラバラの物体。自殺。事故。SNS。自己承認欲求。波が太陽の光でチラチラと白く瞬くように、言葉が頭の中で浮いたり沈んだりしていた。

今日の金曜ロードショーは映画ではなかったらしい。華金を外で飲み明かすのも素晴らしいが、映画を見て夜更かしするのもとても好きだ。スタジオからの帰り道、最近ライブであまりしていない、Age Factoryのロードショーを久しぶりにApple Musicで聴いた。この曲のMVでえーすけが弾いているギターはLOSTAGEの拓人さんからたまたま借りたテレキャスで、そのテレキャスは拓人さんがbloodthirsty butchersの吉村さんにお前はテレキャスいいと思うと言われて買ったものらしく、そして偶然、えーすけがそのテレキャスを借りて撮影したロードショーのライブMVの公開日が2016年5月27日、吉村さんの没後3年目の命日だった。THROAT RECORDSで五味さんからその話を聞いて驚いたときのことを思い出していた。家に着いて、明日のCOMING KOBEの準備をした。シャワーを浴びて、コンビニで買ってきたおにぎりを食べて、ビールを飲んだ。テレビをつけると滋賀の大津で園児の列に車が突っ込んだ事故のニュースが流れていた。テレビを消してラジオをつけた。ソファに沈みながら、松原さんが生前書いていたブログを検索して読んでみた。人が死ぬことについて考えてみたが、すぐに眠たくなってしまったので、残っていたビールを流しに捨て、歯を磨いて寝た。

 

 

2019.05.04

先月から、バイト先の居酒屋に中国人の社員が入ってきた。以前までは大阪の系列店に勤務していて、4月で奈良に移動してきた。その人は50歳ぐらいで、もう20年以上日本で暮らしていて、日本語は一通り話せる。でも敬語はほとんど使えない。とても優しくて、親しみやすい人柄だ。22歳の息子がいると言っていた。困ったときの表情が、少し父に似ていた。2人で朝の仕込みをしているとき、「ここのアルバイトはみんなおれの息子といっしょぐらいだから、みんな息子みたいなもんだから、だから私楽しい」と笑顔でおれに話してきた。その人は少し仕事の効率が悪い。そのせいで、毎日のように店長に怒られている。店長は24歳。昨日もその人は仕事が遅いからという理由で怒られていた。店長は出勤するなりすぐに、たまに店に来る係長がその人に怒るときのモノマネをして、1人で笑っていた。何が面白いのかわからなかったが、気がつくとおれは愛想笑いを浮かべていた。癖付いてしまっているらしい。店長はそのあとに少し冗談っぽく、「〇〇さんほんま仕事なんもしてないすもんねえ、そのしわ寄せが全部僕にきててしんどいんすよ。僕なんかゴールデンウィーク1日も休んでないんすよ?もっとちゃんと働いてくださいよ。」と中国人の社員に言った。時々笑いながら冗談っぽく言っているふりをしていたがそれは確実に本音だった。「それぼくのせい?」中国人の社員が言った。やっぱり困った顔が父に似ていた。「そうです全部〇〇さんのせいです」店長が笑いながら言った。店長だけが笑っていた。おれは聞こえていないふりをして何も言わずにキャベツを切っていた。

店長は中国人の社員と話し終えると、おれに「そういえば増子さんのバンドはいつテレビ出はるんですか?」と聞いてきた。音楽に対して無知な人からその類の質問を受けても、もう何も思わなくなった。店長がおれに投げたその言葉は少しも腹黒くなく、言葉以上の意味は持っていなかった。そう思うようにした。「いやあテレビとかはまだまだ全然出ないですねえ」と言うと店長は、ああそうなんですねえ、と言いながら、下手くそな笑みを浮かべていた。その瞬間の間が面倒くさかったので、すぐに目線を手元のまな板に戻した。休憩時間に居酒屋の個室から見た空は別世界のように真っ青で、外は暖かそうだった。イヤホンをつけて座敷に寝転がりながら、MGMTのTime to Pretendを聞いた。踊りたいとは勿論思えなかった。家に帰ったらまずビールを飲もう。そう思った。