goodbye,youth

増子央人

2018.11.03

リハーサルが終わり、ライブハウスを出て、去年ツアーで郡山に来たときに行った古着屋に行ってみた。あそこの店員さんはとても綺麗で、確かあのとき、少し話をして、おれは気に入った茶色のフリースを買った。まだあの人はいるかなと、少し期待して古着屋へ入ると、その店員さんがいた。やっぱり綺麗だった。店員さんはあのときと同じように、気になったものがあれば気軽に試着してくださいね、と少し訛ったイントネーションでおれに言った。その人はまるでおれに気付いていなかった。当たり前だ、一年も前の1人の客のことを覚えているはずがない、でも話しかけてみたらもしかしたらおれのことを思い出すかもしれないと思ったが、もしかしたら覚えていないかもしれないし、そう思うとなんだか急にどうでもよくなって、何も買わずに店を出た。そして20分ほど歩いて、麓山公園に着いた。郡山市の木々は鮮やかな赤や黄色を身に纏っていた。確かこの前のツアーも、同じような時期に郡山に来て、綺麗な紅葉を先取りして見て、得した気持ちになっていた気がする。あのときも父が見に来て、ライブ終わり1人飲みしていた父と、打ち上げが終わってから合流して、回らない寿司に連れて行ってもらった。今日もまた、矢祭町からライブに来るらしい。父と会うのはそのときぶりだ。1人で郡山の街を歩いていると、冷たい風や周りの紅葉たちがあまりにも綺麗で、永遠にこのままこの時間を繰り返していたいと思ってしまった。ふといつかのツアーで行った秋の札幌のことを思い出した。やはり寒い土地は紅葉が関西よりも早くに始まっていて、そのときもすでに木々は秋色に染まっていて、妙な高揚感に包まれたのを覚えている。札幌の時計塔の前で弾き語っていたあのドイツ人は、今はどこを旅しているのだろう。もしタイムマシンがあったのなら、あの美しい紅葉に囲まれたあの日の時計塔のてっぺんに登って、高さに怯えながら、日本列島を見下ろしてみたいと思った。耳を澄ませばあのドイツ人の弾き語るメロディと鳥の羽音が聞こえてくる。人の話し声や車の騒音は聞こえない。そんな素晴らしいことを、夢の中でもいいからしてみたい。

麓山公園のベンチに20分ほど座っていたが寒くなってきたので近くにあった喫茶店に入り、村上春樹ノルウェイの森下巻を読み切った。外はすっかり暗くなって、もうすぐライブが始まる時間になっていた。窓の外を走る車のヘッドライトは目前の車を照らし、秋は静かに街を染めていた。そろそろライブハウスへ戻ろう。

 

 

 

2018.11.01

昼前に寒さで目が覚めた。カーテンを開けると窓の外は冷たそうな灰色の空気で塗り潰されていた。去年買った厚手のパーカーを引っ張り出して、去年と同じように着てみた。夏を思い出そうとしても、もう随分昔のことのように感じて、蝉の声も、山の上に伸びる入道雲も、夕立の後の街の香りも、もう忘れてしまった。また同級生が結婚していた。昔、一度くらいヤレたらいいなと思っていたあの同級生も、すっかり母親の顔になっていた。街行く人々はダウンジャケットやコートを羽織って、もうすっかり冬の装いをしていた。おれはまだ少し気持ちがついていけず、去年の冬の匂いのするパーカーを着て部屋の窓からぼーっとただ外を眺めていた。腹が減ったので寝癖を直して髭を剃って、街へ出かけた。やっぱり街にはもう冬が片足を突っ込んで軽く会釈していた。入ったコンビニですれ違った髪の毛がボサボサでジャージ姿の女の人から昔好きだった女の人の匂いがして、少し嫌な気持ちになった。缶ビールでも飲もうかと思ったが、やめて爽健美茶にした。誰も人の頭の中のことはわからないし、誰も人の物にはならない。目の前を歩くあのサラリーマンにぶつかった冷たい風は同じようにおれの無防備な頬にぶつかった。今日も奈良では何も起こらない。明後日からツアーが始まる。

 

 

 

2018.10.25

この前、TSUTAYAでDVDを借りて、映画を見た。犬の話だった。頭の中は、昔飼っていた源太郎のことでいっぱいになった。その映画は、犬は死んだ後に転生して、昔の記憶を持ったまま、また犬になるって話だった。そんな話、ないとはわかっているが、その話を信じ込むことで、またいつかゲンに会えるかもしれないと思いながら生きていけるなら、そんな考え方もありかなと思った。

なあゲン、またおれの話を聞いてほしい。もうお前に話したいことが沢山溜まってるんだ。お前が遠くに行ってから、色んなことがあったんだ。また会えたら、お前と出会ったあの公園に行って、あのときみたいに、おれはずっとお前に日々の話しをしたい。お前はあのときと同じように、まるでおれの話なんか聞いてないような顔で、この世界の輝きに目をキラキラさせて、外の景色を必死に目に焼き付けようとするだろう。お前は賢いから、きっと自分の人生が短いということをわかってたんだろう。だからあんなにも一生懸命走って、一生懸命食べて、一生懸命吠えて、一生懸命生きてたんだろう。真似しなきゃいけないなって、26歳になってからやっと気付いたよ。おれもお前みたいにがむしゃらに走り続けるから、その先で、秋の落ち葉の絨毯に乗って、待っていてほしい。

 

 

 

 

 

2018.10.23

雨の奈良を抜けて機材車は昨日と同じ、神戸へ向かっている。さっき奈良を出る前に奈良駅前で食べたカツ丼でお腹の調子が良くない。目を閉じれば鮮明に思い出せるほど、瞼の裏には昨日のTHE NOVEMBERSのライブが焼き付いている。後ろの照明がまるで爆弾のように光って、それによっておれの目にあの4人の影が張り付いて離れない。一昨日のLOSTAGEとGEZANもそうだった。いや、まあ正確に言うとGEZANのライブは袖でノリノリで見ていたらしいが酔いすぎてまるで覚えていない。おれはまだ昨日を生きている。そういえば昨日、リハ終わりにまたいつものように散歩に出かけた。昨日は本を持って行かず、音楽を聴きながら三ノ宮の坂をひたすら上に上に登った。街はどこまでも綺麗で上品で、クリスマスなんかはもっと綺麗なんだろうなと、街を彩るイルミネーションを想像しながら歩いた。だんだん日が落ちてきて、空は紫色になり、さっきまで聞こえていた子供たちの遊び声も少しずつ聞こえなくなってきて、それ以上坂を登ると帰れなくなりそうだったので、諦めて引き返した。続きはまた明日、と思っていたが、今日は雨が降っている。気持ちもあまり晴れない。こんな日はやっぱり1人で音楽を聴きながら本でも読んでいたい。そして時間が来ればライブをする。あとは1人で酒を飲みながら対バンのライブを見る。ライブがカッコよくなければ外へ出てまた本を読むか文章を書く。人恋しくなればたまに電話をする。みんなに興味があるけれど、人のことはどこか遠く、遠くの場所から見ていたい。たまにグッと近づいて、その人の奥深くまで知りたい。でも近づくのはたまにでいい。複数人で群れている時間は、昔から、とても勿体無く、虚しく感じる。だからそういうのもたまにでいい。Age Factoryは群れていない。それぞれが1人で動いて、1人で生きている。だから居心地は悪くない。友だちというのは、遠く離れた場所で心の支えになっていてくれれば、それだけでいい。過ぎる時間すべてを有効に使いたい。ここでの時間を有効に使うというのは、例えば何もない休日に昼過ぎまで寝て適当に体を起こして顔を洗ってソファの上でぼーっとしながらiPhoneのくだらないゲームをして腹が減ったら飯を食いに外へ出かけて帰り際に聴いたアルバムが良過ぎて遠回りして家まで帰る、みたいな時間の使い方のことも勿論含まれる。よし、そろそろ今日のライブハウスに着く。

 

 

 

 

 

2018.10.18

バイト終わり、2曲分歩いて24時間営業の定食屋へ行った。690円の唐揚げ定食が一日を閉める。ここに来る途中にあるあのラブホテルは少し前に改装工事があって、名前も変わってしまった。帰り道、信号の光が一定のリズムで点滅、耳元の音楽のテンポとは何一つ合っていなかったが、なんだか心地よかった。コンビニに寄って缶ビールを買おうと思ったが、なんとなくやめておいた。寂しさなのかなんなのか、よくわからないが、それに似たような、とても鬱陶しい感情を紛らわすため、ポケットからiPhoneを取り出してLINEを開くが、まだ連絡は来ていない。家に帰って、風呂に入って、歯を磨いて、金がないのにピンサロに行かないよう一人で抜いて、またLINEを待ちながら照明にタイマーをかけて寝落ちするまで小説を読む。洗濯物は畳むのが面倒なので相変わらずカーテンレールに干しっぱなしにしている。夕方、アパートの廊下から見える五重の塔が奈良の夕陽に照らされて、まるで1300年前の奈良時代にタイムスリップしたかのような、たまにそのような不思議な感覚になる。オレンジ色の夕陽に塗られた素朴な家々の風景がとても暖かく、心が一瞬解けて、ため息が漏れる。その後に入る誰もいないエレベーターの個室はおれだけの空間で、1階まで降りる間の時間、壁にもたれて思考を止める。時計の針もあの時間は動いていない。ドアが開けばまた針は動き出す。日々はただそれを繰り返している。

 

 

2018.10.16

寒い朝、ベッドの中でアラームを10分後に掛け直して二度寝をした。10分後に鳴り響いたアラームをすぐに止めてベッドの外へ出た。すぐにレコードを回して、顔を洗った。昨日の酒がうっすら残っていた。三日前からカーテンレールに干しっぱなしになっているズボンが目に入ったが、畳むのが面倒だったのでそのままにしておいた。人はどこまでも孤独で、宇宙に浮かぶ小惑星のような、夜空に浮かぶ星のような、深海に沈む石のような、周りに似たものは確かに沢山あるが、確かに孤独な、そんな存在なんだと、最近はそんなことを考えていた。東京、そっちの空はどんなだろう。目を瞑って想像してみた。ホームレスたちの寝床を横目に、渋谷の雑踏を抜けて、ふと見上げた夜空には、星の光なんてなかった。コンビニのラーメンサラダで、健康な体を手に入れたつもりになっている。朝まで続いた長電話で、距離が近づいた気になっている。小説を読みきって、わかったつもりになっている。ツアーが始まる前、1Kで過ぎる何もない毎日は、冷たい秋空をより深くした。

 

 

2018.10.11

昨日GOLDを発売した。バイト先へ向かう朝焼けの中、好きな音楽を聴きながら歩いた。GOLDも聴いた。おれはなんとなく、大丈夫なんじゃないかと思った。全部。来月の家賃のことも、年金のことも、好きだった人のことも、実家で一人暮らしをする母さんのことも、東京で一人暮らしをする妹のことも、福島で暮らす父のことも、おれのお腹が弱いことも、なんだか全部、大丈夫な気がした。音楽とは不思議で、いつも根拠のない自信と勇気をくれる。おれたちは昨日無限の空へと羽ばたいて、あの日馬鹿にした君の声なんてもう聞こえないところまで行こうとしている。あとはみんながついてくるだけだ。音量をいつもより少しだけ上げれば、そこにあるのはおれたちと音楽だけ。それだけで充分な気がした。