goodbye,youth

増子央人

2018.08.28

昼前に起き、顔を洗って寝癖を直して髭を剃って掃除機をかけた。誰のかもわからない長い髪の毛が轟音の中に吸い込まれて行った。いつものカレーうどん屋さんに行った。勿論タオルを持って行った。この前は汗で首からかけていた紙エプロンがちぎれた。その店のカレーうどんはとても美味しいが、自己啓発本ばかり置いているところだけあまり好きじゃない。食べ終わったあとは、どこか適当なところに視線を置きながら少しの間だけぼーっとする。汗をかき過ぎて体が疲れている。辛いものを食べるといつもこうなる。部屋に戻ってクーラーをつけてレコードを回してソファに座って、これからのことを考えようとしてみた。すぐにやめた。つまみを回して、レコードの音量を上げた。脱ぎ散らかした寝間着がベッドの上に無造作に置かれている。確か冷蔵庫に缶ビールがあと一本だけあったはず。バイトまでまだ1時間ある。まだ外で蝉が鳴いている。

 

 

2018.08.25

少し寝坊して朝からのバイトに遅刻した。バイト先には店長と係長が出勤しており、おれはキッチンにいた係長と無駄話をしながら仕込みをしていた。何故か話の流れでおれは不意に、自分の家の話をしてしまった。話をした直後に、いや、正確には話をしている最中に、言葉が口から出てくるその最中に、ああおれは今なんでこんな込み入った話をこの人にしかもこんな場所でしてしまっているんだろう、という後悔の念が頭の中をぐるぐると回っていた。しかし係長は真剣におれの話を聞いてくれた。聞いてくれていたので、こちらも言葉がスルスルと口から出てきてしまった。でもやっぱり、立派な人間は、そんなに簡単に自分の家のごたごたを他人に話すもんじゃない、と最近読んだ小説の中の女が言っていたし、おれもそう思うので、話すべきじゃなかったと、後悔した。話題は変わり、好きな音楽の話になった。その人はかりゆし58が大好きで、少し前にその人からその話を聞いたとき、おれもかりゆし好きなんすよ!と言うと、とても嬉しそうに驚いていた。昨日もかりゆし58の話になった。おれほんまに大好きでさ、今までできた女とか、みんなにCD聞かせてるわ。めっちゃ影響与えられたなー、まずさ、歌詞がさ…、と、その人はかりゆし58の話をし出すと止まらない。本当に好きなんだろうなと、その人の少年のようなキラキラした目を見て思った。おれは、人が本当に好きなもののことを話ししているときのあの目が好きだ。少し照れ臭そうなあの目は、とても美しいと思う。

夜になり、おれは休憩時間を使って、奈良ネバーランドまで、泣くなよベイベーズのライブを見に行った。ネバランに着くともう既にライブは始まっていた。泣くなよベイベーズのギターの田中は、見に来てくれていたその日誕生日だと言う自分の母親に恥ずかしげもなくステージからおめでとうと言ったり、ラブソングを歌うとき、長野から見に来てくれていた最前列の彼女の目をチラチラ見ながら照れ臭そうにしていたり、おばあちゃんに書いた歌ですと言って、飛びっきりの笑顔であなたのことが好きですと歌っていたり、なんだか全部がとても綺麗で、人間臭くて、真っ直ぐで、田中らしくて、とにかく、素敵だった。

何を素敵と思い、何をカッコいいと思い、何に感動し、何を好きと思うか、そういうことはやっぱり、自分の尺度だけで決める。お前が好きって言ってるあの音楽、みんなダサいって言ってるよ、とか、お前が好きって言ってるあの人、みんなウザいって言ってるよ、なんてことは、どうでもいい。どうでもいいと、思いたい。おれが好きか嫌いか、世界はそれだけでいい。おれはやっぱり、泣くなよベイベーズが大好きなんだと、昨日思った。

 

 

 

2018.08.24

野菜ジュースのオレンジがティッシュの白を染めた。最近野菜を食べていない。バイトから上がり、露出度の高い外国人観光客の胸を惰性で見ながら、家へ帰った。レコードが回る16時前、クーラーと扇風機をつけた。もう少しでスタジオへ向かう。一昨日の朝、夜中ずっと飲んでいたというそんなに喋ったことのない後輩が早朝に1人で家に来た。既に酔っているそいつと部屋で朝7時からビールを飲んだ。そいつは缶ビールを一本飲むと、気持ち悪いと言い出した。ベッドで寝させて、おれはビールを二本飲み、洗濯物を干し、ソファで少しだけ眠り、朝のバイトへ向かった。セックスはしなかった。

昨日の晩は台風が奈良を通過した。今朝バイト先へ向かうとき、道路のゴミ箱や自転車が倒れていた。どうでもよかったので、直さなかった。

この前、初めて母と二人で飲みに行った。店まで歩いている間、普段あまり母と話さないから、何を話そうかずっと考えていた。たぶん緊張していた。久しぶりに会った母は少し痩せていた。会ってみれば、ビールの手助けもあり、色んなことを話した。夢の話を少しした。おれが今まで出会ってきた素敵な人たちの話を沢山した。母は、キラキラした目で、ずっと話を聴いてくれた。そのときに気が付いた。そういえば大好きだったあの子も、こんな風におれの話をずっと聴いてくれていた。

レコードが回る。部屋の床には髪の毛が落ちている。TUTAYAで借りてきた映画をそろそろ返さないといけない。なんだか見る気にならない。

 

 

 

 

2018.08.21

昨日映画を3本見た。王将で焼飯とエビチリを食べた。お腹の調子はずっと悪かった。涼しくなって夏の終わりかと思っていたらまたすぐに暑くなった。ああ夏が終わるかなんてどうでもいい。最近レコードを買った。何がいいかって?そんなのわからない。音の違いもあんまりわからない。でもなんかいいんだ。盤がゆっくり回って、針が音をなぞって、そういうのが、なんかいい。そんなもんだ。部屋のゴミ箱から乾いた精子の匂いがした。いい気はしない。さっき買ってきたポカリをコップに入れて飲み干した。夕方に窓から見た空がとても綺麗だった。この世の終わりのようだった。永遠に続くんじゃないかと思っていた鬱陶しい夏も、二週間もすればもう消えているだろう。あんなに秋が来てほしいと思っていたのに、ああやっぱり背中を見ると少し寂しい。去年と同じことを思っている。

 

 

 

 

2018.08.01

レコーディング7日目。えーすけが歌っている。おれはその歌をブースで聞きながらネットに上がっている怒髪天増子さんのインタビューをひたすらに読んでいた。増子さんのインタビューにはほぼ毎回ブッチャーズの吉村さんの話が出てくる。そしておれは気がつくとブッチャーズのドキュメンタリー映画kocoronoAmazonで注文していた。

例えば中身が空っぽの人は、すぐに自慢をしたがる。中身が空っぽだから、少しでも外見を大きく見せようとする。中身の詰まっている人は、簡単に自分を広げたりしない。でもつつけば色々と出てくる。何事も、知らないよりは知っている方がいい。物事への興味が薄い人は、総じて中身が薄い人が多い気がする。つついても何も出てこない。小さな嘘をつくことに慣れている人は怖い。そういう人の嘘は大体が自分のための嘘だ。だから怖い。こんなことを書くおれもまだ25年しか生きていない。まだ世界を何も知らない。嘘もたまにつく。理解した気になって得意気になることは格好悪いが、自信を持つことは大事だと思う。そこは少し違う。頭の中のことを一つずつ整理していく。自分のことを空から見る。客観視、罪の自覚、嘘の自覚、人を傷付けた自覚。

あぁ、なんか突然考えるのが面倒になった。そんなことの繰り返しで書きたいことも進まない。この世のすべてを客観視して楽観視して飛んでみたい。

 

2018.07.26

レコーディング2日目が終わり、コンビニで塩焼きそばを買って、部屋に帰ってきた。電子レンジがないから買った塩焼きそばはコンビニのレンジで温めてもらった。部屋についたらすぐにシャワーを浴びないと何もする気にならないので、先にシャワーを浴びた。髪の毛を乾かしてから机の上に置いていた塩焼きそばのふたを開けると真っ赤だった紅生姜は熱で薄い桃色になっていた。食べ切ってから、冷蔵庫に入っていた缶ビールを開けた。なんとなく、再来月に出るフェスのタイムテーブルをiPhoneで見た。おれたちの出演日がONE OK ROCKと同じ日だったことを知った。大学に通っていたときに付き合っていた彼女がワンオクの大ファンだったことを思い出して、何年かぶりに、連絡をしてみた。寝る直前だったらしく、1分も経たないうちに返信が来た。今度ワンオクと同じ日に同じフェスに出ることになったで、と送ると、彼女は凄く驚いて、喜んでくれた。おれも少し嬉しくなった。おめでとう、の次に、うち結婚するねん、の文字が見えた。あれから時間は、それだけ経っていたらしい。今は彼女に何の感情もないのに、何故か、急に寂しくなり、戻ることのないあの日々のことを今更思い出していた。机の上の缶ビールを飲み干して、新しい缶ビールをもう一本、冷蔵庫から取り出した。

 

2018.07.13

機材車は岩手に向かう。SiMとのツアーは半分が終わり残り2本。昨日は青森で朝4時まで飲んでいた。昨日というか今朝。ほぼ面識のないSiMがツアーに誘ってくれた経緯は、マキシマムザホルモンのりょうさんがSHOW-HATEさんにおれらの曲を教えてくれて、今年の5月のVIVA LA ROCKで同じ日の出演だったSiMがおれらのライブを見にきてくれて、今回のツアーに誘ってくれたらしい。嘘みたいな話だ。音楽が、音楽自身の力で、ちゃんと走り回っている。このツアーでのライブは勿論、完全なアウェイ。9割9分、SiMのお客さんしかいない。最善のお客さんに関しては、もうおれらの次に出てくるSiMのことしか考えていないというような顔でおれらのライブを見ていた。それでも少しずつ、会場が揺れていくのがわかった。初日の秋田、いつもライブに来てくれる福岡のお客さんの顔がステージから見えた。驚いたし、嬉しかった。ライブ終わり、おそらく同い年ぐらいの男の人が、サインを下さいとCDを持ってきてくれた。今日初めて見たんですが、CDを全部買いました、と笑顔で言っていた。来てよかったと、そのとき初めて思った。昨日の青森でのSiMのライブ中、KiLLiNG MEの途中のギターリフだけになるところで、SHOW-HATEさんが演奏をやめ、曲が止まった。ステージの上でMAHさんに何か耳打ちをした。ざわつく会場。MAHさんが、この続きからギター弾けるやついる?とお客さんに聞いた。歓声。手を挙げた1人の少年を、MAHさんがステージに上げた。大歓声。恐らく高校生ぐらいの、SiMのTシャツを着たその少年の肩に、SHOW-HATEさんがギターを預けた。少年がリフを弾き、ライブは再開された。少年は必死にギターを弾いていた。手を挙げたぐらいだから、完コピしているのかと思いきや、割と弾けていなかった。SHOW-HATEさんが後ろから一緒に指を押さえたり、コードを教えたりしながら、曲は終わった。あの少年は凄い。あれぐらいしか弾けないのに、手を挙げる勇気。ステージの上の少年は、カッコよかった。少年はバンドをしているらしい。ステージから降りた少年に、待ってるわ、とMAHさん。大歓声。少年は恐らくこの日を一生忘れないだろう。そしていつかSiMと対バンする日がきたら、打ち上げで、この日の話をするのだろう。おれはとても、綺麗なものを見た。

盛岡まで残り54kmという標識を通過した。山に囲まれた高速道路を機材車が走る。