goodbye,youth

増子央人

2018.02.04

店長が帰ったあとの閉店後の店で、ドアの鍵を閉め、奥の部屋でコンビニで買ってきたビールをあけた。今年就職をするので春にバイトを辞める後輩と、初めて2人で酒を飲んだ。そいつはビールを二本飲んだあと、「恥ずかしくて誰にも言ったことないんすけど、おれほんとは芸人になりたいんすよ」とおれに打ち明けた。そいつはそのあとずっと口癖のように「照れ臭いな」と呟いていた。他にも、色んな夢の話をしてくれた。「おれやりたいこと沢山あるんすよ」と言っていた。そいつの青さにつられて、おれも初めてする話を沢山した。恥ずかしさなんて1つもなかった。気がつけば朝になっていた。そいつはそのまま寝ずに朝のバイトへ向かった。大丈夫何も不安なことなんてない。大丈夫何も恥ずかしくない。酔っていたせいか、いつもより気が大きくなっていた。「10年後、お互いやりたいことできてたらいいよな」といういつもなら照れ臭いセリフも、安いビールが溶かしてくれた。そいつとまた飲みに行く約束をして、霜の降りた田んぼの見えるいつもの道を通って家へ帰った。朝8時ぐらいに家に着いた。その日の昼に予約していた美容室はキャンセルした。

 

 

 

 

 

2018.01.28

昨日はスタジオの時間が昼に変わったので、名古屋から帰って来て少し寝てからスタジオへ向かった。時間が変わった理由は、えーすけが翌日の弾き語りライブの練習を夜にしたいからとのことだった。新曲をひたすら練った。あまり会話をしないまま音だけを鳴らし新曲を作る。スタジオが終わり、このまま家に帰るのは勿体無いと思ったので駅の喫茶店で本を読むことにした。本を読みながらいつの間にか睡魔に襲われていた。増子さん!と横から女の人に声を掛けられ目を覚ました。声の方を見ると昔予備校でバイトをしていたときの生徒が笑顔でそこに立っていた。彼女は真新しいリクルートスーツの上から大人びたコートを羽織っていた。当たり前だがまるであの頃とは別人のようだった。彼女は隣に座り、喫茶店が閉まるまで少し話をした。東京で就職が決まったと言っていた。彼女から発せられる言葉たちは、不安で曇りながらも、芯の部分はキラキラと宝石のように輝いていた。おれは慎重に自分の言葉を選びながらその子の発言に返答した。もうあの頃から5年も経ったのか。彼女の真っ黒だった髪の毛は色落ちした茶色に染まっていた。4月までに黒染めしないといけないんですよと言っていた。彼女はすっかり大人になっていた。喫茶店の閉店時間になったので、同じ電車に乗って帰った。駅に着いて、いつもは聞いたことのない新しい音楽を探してそれを聞きながら家へ向かうが、その日は聞き慣れた、好きな音楽を聞いて家まで帰った。

 

 

 

 

 

 

2018.01.26

バイト先の社員が最近ビットコインを買ったと言っていた。友だちが30万ぐらい儲けたらしい。おれはすぐにビットコインについて調べてみた。なんとなくビットコインが何なのかはわかった。30万かぁ、30万あったらドラムセットがローンなしで買える。本気でビットコインをやろうかと思ったが、次の日のニュースでビットコイン暴落と出ていて、すぐにやる気がなくなった。賭け事をしたことがないおれはそういう話に凄く臆病だ。賭け事ではないんだろうけど株もビットコインも競馬もパチンコもスロットもおれにとっては同じ話だ。現実に戻って、その日もビットコイン社員のいるバイトへ向かった。

名古屋の歩道は雪解け水が凍って注意して歩かないと簡単に足を滑らせる。コメダ珈琲でココアを頼むとココアなんて見えないぐらいコップいっぱいに生クリームが盛られていた。どうやって飲めばいいのか見当がつかなかった。生クリームをスプーンですくって食べた。糖分の塊、それを食べた日に1日歯磨きをしないだけで全ての歯が虫歯になるんじゃないかと思うぐらい、口の中は罪悪感すら感じる甘さでいっぱいになった。窓の向こうをサラリーマンが歩く。マフラーで口まで隠したJKが歩く。こんな寒空の下で信じられないぐらいミニスカートのいかにも尻軽そうな女が歩く。東横イン、タクシー、赤信号、人、雪、ヘッドライト、外は窓ガラス一枚挟んだだけでまるで別世界のように感じる。

まるで、ライブがないと、自分はただのフリーターで、バイト先の歳下の社員の陰口に付き合って、店長の愚痴を聞いて、ほんまっすねぇ、確かに、やばいっすねぇ、ほとんどこの3語のみでそのときのおれの言葉は形成されているが、そんなに陰口を聞いていると、いつの間にか自分の口からもあれよあれよと陰口が出てくる。自分の価値を底無しに下げながら、そんなことには気付かず、その場しのぎの仲間意識のために他人を売っている、あのクズたちと同じことを、自分はしているんだと気付く。そして何も会話をしたくないという気持ちになる。一心不乱に洗い物をして、キャベツを切って、焼き鳥を焼いて、聞こえていない言葉に適当に相槌を打つ。今日は久しぶりにライブがある。

 

 

 

 

 

 

2018.01.24

最近また寒くなってきた。春の匂いがしたのはほんの一瞬だけだった。ふとしたときに出るため息の白さで、ため息に気づく。駅前のコロッケ屋さんのハムカツはずっと優しい。小さい頃、風邪をひいて父さんに駅前の病院に連れて行って貰った帰り道、「ハムカツやったら食べたい」とおれが車の中で言うと、父さんが「あそこのハムカツ食べたらなんでも治るぞ。でも風邪ひいてるときに油もんあげたら母さんに怒られるから、内緒やで。」と言ってハムカツを買ってきてくれた。凄く美味しかった。食べたあと少し気持ち悪くなったのも覚えてる。でも次の日には風邪が治った。あのお店のハムカツはやっぱり、なんでも治すんや!めっちゃ美味しいし、絶対そうや!とハムカツ万能薬論がおれの中でそのとき立証された。父さんは満遍の笑みでほんまか凄いな!と驚いていた。もちろん病院で貰った処方箋が効いただけだった。あの頃からお店で揚げ物を揚げていた腰の曲がったおばあちゃんは、何年か前からもう見なくなった。それでも味は変わらずあの頃のまま、今度はおそらくその人の娘さんが揚げ物を揚げている。おれはただの客で、話をしたこともないけど、なぜか感謝の気持ちでいっぱいになる。きっとおれと同じような人たちが、あのお店に並んでいる人たちの中には沢山いると思う。色んな思い出が詰まっている一枚70円のハムカツ。守り続けてくれてありがとうございます。

 

 

 

 

2018.01.16

気がつけば年が明けてから半月経っていた。心まで冷え切るような寒い日がずっと続いていた。寝不足と寒さは人の心を貧しくさせるらしい。何も書く気にならないぐらい日々は焦燥感と苛立ちに満ちていた。今日たまたま休みができた。アラームをセットせず昼前に起きた。起きるといつもより暖かい気がした。天気予報のアプリを見ると最高気温は14度と書かれていた。それだけで今までの日々の焦燥感と苛立ちが飛んでいった気がした。おれは単純だ。録画していたダーツの旅年末スペシャルをやっと見ながら朝昼兼用のごはんを食べ、外へ出る準備をした。いつもより薄いアウターを着れることが嬉しかった。いつもは寒さのあまり少し不機嫌な気持ちで乗る原付も、今日は心が軽かった。いつもは有限な時間が、今日は無限にあるらしい。そんな錯覚すら覚える。天気予報では今日は曇りなのに、見上げると青空が広がっている。きっと今日の星座占いは天秤座が一位に違いない。血液型占いは、B型が一位に違いない。今日は運がいい。必死に毎日走っていても、今日みたいな気の抜けた日がたまに来ると、それだけで全部チャラにしていいぐらい幸せな気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

2017.12.29

もうあと2日で2017年が終わるって。3日後には、今年で26歳ですって自己紹介しないといけない。昔テレビの街頭インタビューでよく見た 会社員(26) なんて、もう別世界の人ぐらい大人に感じていた。

損得だけ考えて動く人は、間違っていない。気持ちだけで動く人も、間違っていない。例えばルーズボールを絶対最後まで追いかける奴だったり、誰も見ていないグラウンドで一人素振りをしている奴だったり、不器用で一生懸命な、そういう奴らが必ず成功するわけじゃないし、必ず金持ちになれるわけじゃないし、でも、そういう奴らが最後には笑える世界であってほしいと、スタジオからの帰りの電車の中、おれは本気で思う。監督がいないところで手を抜いていたあいつが試合に出れて、監督がいないところでも必死に走っていたあいつがベンチにも入れないなんて、普通なんだ。下手くそなんだから。サボっていたあいつの方が上手いんだから。努力がまだ足りていない、それだけだってわかってるけど、きっと世の中にはそれだけだって言い切れない、今までの効率の蓄積や生まれもったもの、そういうどうしようもないような現実だってあるんだ。努力の量と結果は絶対に比例はしないんだ。わかっていても、悔しいじゃないか。惨めじゃないか。涙が出るほどに、叫びたいぐらいに、悔しいじゃないか。そんな奴らが笑えない世界なんて、悔しい。損得よりも、気持ちや想いで動ける人が、最後に笑える世界じゃないと、涙が出るほど悔しい。綺麗事がご飯を食べさせてくれるわけないのは、25年間も生きていればわかる。それでもこの世界はロボットが作っているわけじゃない、神様が作ったわけでもない、血の通った人間が作ったこの世界で、気持ちや想いを最優先に動く人が、誰も見ていないところで頑張れる人が、そんな不器用で馬鹿な人が、笑えない世界は、怖いほどに黒くて、悔しい。そんな不器用で馬鹿な人が最後に笑える世界であってほしいと、心の底から思う。

最近見なかった、勝手にシロクロって名前をつけていた近所のあの犬は、部屋で飼われるようになっただけだった。いつもつながれていた場所にある日から突然いなくなって、嫌な予感がしていたんだけど、生きててよかったと少し安心した。

 

 

 

 

2017.12.26

街の光は生きるための光以外ほとんど消えた。昨日まであんなにキラキラと装飾されていた木はただの木になった。年の終わりに向けて本格的に時間が走り出した。バスケット選手はバスケットだけ、野球選手は野球だけ、小説家は小説だけ、役者は芝居だけ、政治家は誠意だけ、神様は愛だけ、バンドマンは音楽だけ。それ以外はいらない気がする。ホテルでパクったT字のカミソリで無駄を剃り落とす。血が出てもいいんだ。なんとかカッコつけて、ポケットに入っていた小銭で後輩にビールを奢ってやって、なんかそんなんでいいんだたぶん。平成が来年で終わるって。勝手に新しい時代が始まる。