goodbye,youth

増子央人

2017.12.10

「東京はだんだん寒くなってきました。星はあんまり見えません。ビルから吹く風がたまに怖いです。どこに行っても黒はなく、落ち着けません。お店から漏れてくる暖房が暖かいです。コンビニのおでんはとても美味しくて、心まで温まる気がします。」

東京では年柄年中音が鳴っていて光が消えない。街行く人々はみんな不安そうに見える。たまに東京に何日間かいることがある。街を歩くと東京は人と人の距離は近いのに、ずっと1人のような感覚になる。店と店の間を走るドブネズミのことを美しいとはまだ思えない。ソープで働くあの知らない女がシングルマザーだったとしたら。教師をボコボコに殴って退学になったあの問題児の彼女がその教師からセクハラを受けていたとしたら。正解はいつも自分の中にしかない。なんだか大きくて小さいずっと灰色の東京。自販機から出てきたコーンポタージュはどこでも変わらず暖かい。ふとすれ違ったストリートミュージシャン、下手くそな歌声の前に足を止める人はいなかった。でもそいつは部屋にいたまんまじゃ0だった。1を100にするのは難しい。100を1000にするのも難しい。でも0を1にするのはもっと難しい。0を1にしたその勇気は白熱灯のように不器用に周りを照らし、自らを熱くしながら関わる人の心も温かくする。LEDライトより、少し不器用な白熱灯の方が綺麗な気がする。

「奈良も相変わらず寒いです。コンビニのホットコーナーの缶コーヒーを買うつもりもないのに握ったりしています。星はよく見えます。たまに早起きするんですが、朝焼けがとても綺麗です。でもみんな安心して熟睡していて、夢を見ている人がなんだか少ないような気がします。」

 

 

2017.12.02

気がつけばもう一年の最後の月になっていた。ワンマンライブの前日も普段と変わらずバイト、夜中家に帰るとばあちゃんからの手紙が届いていた。もう90近いばあちゃんはとても真面目で、面白くて、一途で、可愛くて、強くて、人に優しい。一昨年に向こうへ行ったじいちゃんのことを今もずっと想い続けている。直接聞いたわけじゃないけどなんとなくわかる。真面目に真面目に、強く誠実に生きてきたばあちゃんの言葉はいつも綺麗に心に入ってくる。ばあちゃんの言葉はいつも正しい。ばあちゃんとは二年前に会ったのが最後、もうしばらく会っていない。そのときも凄く久しぶりに会ったんだ。帰るとき、ばあちゃんはどこにそんな力があるんだろうというぐらいの強い力でおれの手を握りしめて、また来てくれなと言った。目には涙が浮かんでいた。手紙の最後に書いていたさよならの四文字がなんだか嫌な気持ちになった。来年、必ず会いに行こうと思った。どんな生き方をしても、おれはばあちゃんの誇りでいたい。SUICAにお金を千円だけチャージして、いつもの電車に乗って、いつものライブハウスへ向かう。

 

 

2017.11.14

ライブのない日々が終わりかけの秋に馴染んでいく。新しい音楽ばかりを探す。新しい本ばかりを探す。25歳のおれはビールが相変わらず好きで最近ホッピーなんか飲み出した。でも家では全然飲まないんだ。誰かと飲むお酒がやっぱり好きなんだと思う。でも散歩中に1人で飲む缶ビールは好きだ。自分でもよくわからない。この前近所のおじさんが原付を出そうとしたおれに、「事故らんようにな」と声をかけてくれた。初めてそのおじさんにそんなことを言われた。人に伝わっていくのは親切だけでいいなと思った。怒りは芸術に、自分の力に変えればいい。人に伝えるものじゃない。怒るということは、器が小さいことだと思う。そう頭では思っていても、イライラすることなんて日常に沢山溢れている。そんなもんなんだたぶん。それでも近所のおじさんがかけてくれた言葉や、渋谷の居酒屋で昼ご飯を食べたとき大将がおまけで出してくれた冷奴や、大分の薬局の薬剤師さんがくれた風邪薬や、雨の日にお客さんがくれたビニール傘や、友達が奢ってくれるビールなんかで、幸せな気持ちになる。そしてそういうことは、これから先も忘れないんだと思う。怒りの感情なんてすぐに忘れる。蓄積されるのは、小さな他人からの親切だけでいい。譲れない怒りは持つべきだ。ただほんの少しでいい。あとは適当に忘れていい。

 

 

 

 

2017.11.03

ツアーファイナルが終わり、奈良に帰ってきた。ツアーファイナルというのは名前だけで、ツアーが終わってもライブは続く。昨日はあんなにたくさんの人が集まるなんて思ってもいなかった。ステージから見えるみんなの顔はおれたち以上に真剣で、それが嬉しかった。Toursのイントロで初めて客席が明るく照らされて全体が見えて、こんなに人がいたのかと驚いた。「おぉ」ぐらいの声が漏れた気がする。ライブが終わってすぐ、見に来てくれていた同級生の八木ちゃんのもとへ行った。今東京で仕事をしているそいつは高校のときの友だちで、確か廊下で八木ちゃんがレモンティーを急にくれたのがきっかけで仲良くなった。2人で乾杯をしたのは初めてかもしれない。それが東京のライブハウスで、おれらのワンマンライブで、ソールドアウトしていて、なんだか嬉しかった。他愛もない話をしていたら関係者への挨拶があるから中に来てと言われ、途中でフロアの方へ戻った。関係者への挨拶というのは好きじゃない。わざわざ来てくれたのだから挨拶をする、というのはわかるが、あんな流れ作業で挨拶をしても意味がない気がする。そしてわざわざ来てくれたのだからということならお客さんたちもみんなそうだ。貴重な時間を削って、お金を払って見に来てくれてる。そこに差は一つもない。挨拶が終わって、バーカウンターの前でまた八木ちゃんと少し飲んだ。こういうときのビールは驚くほど美味しい。関係者への挨拶の時間より、仕事終わりにスーツで見に来てくれた同級生との時間の方が何倍も大事だ。いつもふざけていた野球部の八木ちゃんは、スーツをしっかり着こなしていた。テスト休み中、机をつなげて黒板消しをネットに、スリッパをラケットにしてよく卓球をしていた八木ちゃんはすっかり大人になっていた。またなと言って、八木ちゃんは新宿LOFTの階段を登っていった。打ち上げはワンマンライブとは思えないぐらい人がいてとても賑やかだった。それも嬉しかった。今日来年一年のミーティングをした。また気がつけば桜が咲いて蝉が鳴き出し金木犀の香りがしたと思ったら吐く息が白くなっていくんだ。おれはドラムじゃないとダメなんだなんてことは思ったことがない。たまたま今音楽で、たまたま今ドラムを選択しているだけで、こだわりなんてない。時間がないなんて言っていたらあっという間に死んでしまう。これからもおれはおれがやりたいことをやりたい。

 

 

2017.10.23

久しぶりに奈良に帰ってきた。実家の居間にはコタツが出ていた。次の日の今日、7時間のスタジオがあった。帰りの電車に揺られている。電車の椅子には、くたびれた顔をしたサラリーマンたちが人の視線など御構い無しというふうに寝ている。自分も疲れているとき、優先座席で堂々と寝るサラリーマンを見ても何も思わない。みんな、日々の生活に疲れている。誰にも評価されず、みんな頑張っている。明日はバイトだ。また普通の生活に帰ってきた。ファミチキを食べたい。温かいコーンポタージュを飲みたい。安上がりの癒しで充分だ。

 

 

 

2017.10.22

福島で父がライブを見に来た。父がライブに来るのは2回目だ。打ち上げのあと、2人で飲みに行った。「ゴルフの打ちっ放しのバイトの代わりが見つかったから、明日見に行けることになった。」という前日の父からのラインでわかるように、お金なんてないくせに、父は居酒屋でやたらと高いものばかり頼んだ。「のどぐろの刺身あるぞ、これいけ!」「お、牛タン炙り焼きは絶対うまいぞ、食え!」と嬉しそうにメニューを指差しながら言った。美味しそうな刺身も牛タンも父はあまり食べなかった。相変わらず丸い父の背中は誰よりも優しかった。おれはいつか父に回らない寿司をご馳走してやりたい。

雨の今日は10月最後のライブ。雨の日はどうしてもテンションが低い。

 

 

 

 

 

 

 

2017.10.16

新潟のホテルで昔飼っていた犬の源太郎の夢を見た。自分でセットしたアラームに夢を中断されて、すぐに夢の続きを見ようとアラームを切って目を閉じたがもうその夢は見れなかった。車でいっしょにどこかへ旅していた。相変わらず源太郎は車の中で落ち着きがなく、窓の外に顔を出して見たことのない外の景色を必死で目に焼き付けようとしていた。それ以外のことはもう忘れた。夢の内容はすぐに忘れてしまう。起きて顔を洗い服を着替え、ホテルの横の吉野家へ朝飯を食べに行った。カウンターに座った。すぐあとに来たおじいちゃんがおれの隣に座った。おじいちゃんに水を持ってきた店員さんはにっこりと微笑みながら「いつものですね」と言うとおじいちゃんも照れながら「ありがとう」と返していた。マニュアルがすべての大手チェーン店に、マニュアルにない人の暖かさを感じた。新発売の牛生姜焼き丼を食べながらさっきの夢を必死に思い出そうとしたがやっぱり無理だった。部屋に戻って荷物を取り、ロビーに集合してみんなで今日のライブハウスへ向かう。