goodbye,youth

増子央人

2017.10.08

この前読んだ本のクライマックスに、「だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ。それって凄い心強くないか!」というセリフがあった。この本はとても面白かった。この本のおかげで、遊びに行くといつもお菓子を出してくれたひいお婆ちゃんも、結局一回も腕相撲勝たしてくれなかった爺ちゃんも、手作りのカッコいいラジコンをくれた叔父さんも、元気に庭を走り回っていた源太郎も、みんなあの世からおれのことを見守ってくれていると思うとこの世に怖いことなんて何もないと思える。何もないと言うと嘘になるけど。少し不気味だった仏壇の前でも平気で寝れる。友だちにケンカを売ったヤンキーたちにも、ビビらず立ち向かいたかった。監督と目が合えば交代してもらえる場面だとわかっていたのに、ベンチで震える足を何度叩いても、監督を見れなかった。震えた足で、どうするかが大事なんだ。頭ではわかってる。頭ではわかってるんだ。逃げた事実は人に伝えるとき嘘でどうとでも変えられる。ただ自分の中ではどうしようもなく残っている。あのときのすべてを覚えてる。怖くて足が震えることは恥じゃないんだと思う。震えた足が動かないことがどうしようもなく恥ずかしいんだ。今日は天気が良い。うどんを腹一杯食べたら眠くなってきた。今日は京都で精一杯叩く。

 

2017.10.03

窓の外で海がまるで生きているかのように常に動いている。遠くの水平線が、地球は丸いということを示している。空の色とは確実に違う青をした海は所々に白が散りばめられている。常に動いている海は風のせいか、地球が回っているせいか、その両方なのか、とにかく不思議だ。昨日の夜、小樽からフェリーに乗った。夜の出航時間までは札幌で時間を潰した。テレビ塔のある大きな公園のベンチで座っていると前のベンチにボロボロのアコースティックギターを弾きながら誰にも届かないような小さな歌声でメロディーを歌う外国人が座っていた。見た目は少しカートコバーンに似ていて、ワイルドな金髪と髭がカッコよかった。その外国人は周りを見ておもむろに立ち小さな声で歌を歌いだした。札幌の紅葉の下、少し冷たい澄んだ空気の中で歌うその姿は美しかった。おれ以外に誰も彼の歌は聞いていないようだった。たまに通りすがりの外国人が小銭をその人の目の前に置くぐらいで、その人たちも歌を聞いている印象はなかった。歌を歌うその外国人に凄く興味があった。異国の地の路上で1人ギターを弾き歌を歌い金を貰おうなんておれなら思わない。何を思って歌っているのか凄く興味があった。おれは暇だったのもあり、コンビニでビールを二本買ってきてタイミングを見てその人に話しかけた。その人は日本語はほとんど話せなかった。ビールが好きかと聞くと笑顔でもちろんと言い、おれが買っていたビールを渡すと驚き喜んでいた。その人は歌うのをやめ、おれたちはベンチに座りいっしょにビールを飲んだ。何歳なのか、どこからきたのか、なんで札幌で歌っているのか、好きな音楽は何か、色々しどろもどろの英語で聞いた。驚くほど早い英語で質問の答えが返ってきた。そのとき、少し前にいっしょにツアーを回っていた黒人のデイビッドは凄くゆっくりおれたちに英語を話してくれていたんだなと、思い返して彼の優しさに少し感動していた。半分は聞き取れて半分はよくわからなかった。その人は会話をしながらポロポロと綺麗なコードでギターを弾いていた。その人はヒッチハイクで世界を旅しているらしい。1年前飛行機で日本に来て、またヒッチハイクで今度は日本を回っているらしい。島国だからなかなか出られないよ、みたいなことを笑いながら言っていた。飛行機代なかなか貯まらないよ、みたいなことも笑いながら言っていた。これがアメリカンジョークというやつか、いやジョークではないか、と思っていた。お金は弾き語りと、ボランティア施設で泊まりながらアルバイトをして稼いでいると言っていた。たぶん。おれが英語で聞けるレベルのことを大体聞き、これ以上いても特に何もないなと思い、I'll goと言って席を立った。その人は「ビールありがとう」みたいな意味の英語を言っていたと思う。握手をして別れた。名前も聞いていないが、こういうのもたまにはいいなと思った。周りから到底理解されないようなことを真剣にやる人は面白い。何かエネルギーに満ちている。冷たい風が余計に気持ちよく感じた。

海の見える窓の横の椅子にご飯を食べたりしながらもう6時間近く座っている。札幌のブックオフで買った本を一冊読み、今これを書いている。船酔いしないタイプでよかった。太陽が水平線の向こうに沈もうとしている。おれが見ているあの水平線の向こうには中国大陸があって、そこでは全然知らない言葉を使った人々が生活をしている。なんだか嘘みたいだ。言葉が通じなくても、綺麗な景色の下、美味しいビールを飲めば心は通じる。そんな馬鹿みたいに能天気な世界ならいいのにと思う。

 

 

 

 

2017.10.01

ライブハウスに着くと後ろの空の大きな煙突から煙が自分勝手に吹き出ていた。苫小牧のライブハウスの前の道にはベンチがいくつか置かれている。都会ではあまりない光景だ。街がのんびりとしている。道も空も広く、北海道の冷たく澄んだ空気を大きな深呼吸で精一杯吸い込んだ。こっちはもう紅葉が始まっていた。目一杯広がる草木は心なしか奈良のそれらよりも大きく見えた。海が近くにあったので20分ほど歩いた。だんだんと日は落ち、少ない街灯と曇り空と強い潮風が周りを不気味にしていた。海に着くと波は荒れていた。荒れる波の向こう側、水平線の近くにいくつかの船の光が孤独に浮かんでいた。観光客を乗せたフェリーの光か、漁師を乗せた船の光か、どちらにせよ暗闇に光るそれはとても美しかった。耳元ではApple Musicから昨日初めてライブを見たTHE BOYS&GIRLSのアルバムが流れていた。昨日まで名前しか知らず、昨日初めてライブを見て、今日初めて音源を聴いた。1日で好きになった。歌詞に何度も札幌やすすきのという北海道の地名が出てきて、あぁ昨日歩いた場所のことかと少し嬉しくなる。昨日は打ち上げもなくほとんど話をしていない。今日酒を飲みながら話をするのが楽しみなんだ。こんな唄を唄う人は絶対に良い人なんだ。いつだって目に見えないものが一番怖い。でもそれと同じぐらい、目に見えないものにおれたちは支えられて生きている。おれが好きな人たちは、どんなにカッコ悪くても精一杯カッコつけて生きている。おれが好きな人たちは、何も狂っていない。迷いながら迷いながら負けそうになりながら大好きな音楽を鳴らしている。真っ当に生きるその姿勢に、その体から出る音に、心を強く打たれるんだ。耳元からはそんな音楽が流れている。気がする。苫小牧の空はもうすっかり暗い。もうすぐライブが始まる。

 

 

 

2017.09.30

札幌の空気は澄んでいてとても冷たい。アウターを奈良から持ってきて正解だった。舞鶴を24時に出てフェリーに揺られて20時間、小樽に着いたのは20時ごろだった。フェリーの中ではほとんどの時間が圏外だった。iPhoneも使えないので11時ごろに起きて本を読んでいた。本屋でなんとなく良さそうだったので1年前に買った本をやっと読み切ることができた。今はリハ終わり、札幌の街を歩いて少し腹が減ったのでマクドナルドに来た。帰りもフェリーに乗るので、さっきブックオフで小説を4冊買った。本棚の前で何を買おうか選んでいると、隣で女性2人が仲良さそうに話しながら本を選んでいた。会話から、相当本に詳しいんだろうなということがわかる。見た目も2人とも眼鏡をかけて大人しい雰囲気の、いかにも趣味は読書です、という感じの人たちだった(これは偏見)。2人が本を目の前に話す様はまるでおれたちバンドマンがCDを目の前に好きな音楽を語り合っているときのようだった。本の世界にも、色んなジャンルがあって、数え切れないほどの作者がいて、数え切れないほどの作品があって、2人の会話を盗み聞きしている間、まるでおれの知らない世界に一瞬入ったような気になった。まだまだこの世には自分の知らない世界が山のようにある。そしてその世界では計り知れないほどの感動がきっとある。それを死ぬまでにどれだけ体感できるのか、たぶん全部は無理なんだろうけど、できるだけ多く自分の体に染み込ませたい。会計を済ませた4冊の本はまだ綺麗なものもあればボロボロに使い古されたものもある。それを見て少し嬉しくなる。古着を買ったときも同じ感覚になる。くたびれた姿が単純に好きだというのもある。それと、おれが買う前は一体誰がどんな気持ちで読んでいたんだろう、と妄想をするのも好きだ。燃やされない限り、誰かが手にとって使い続ける限り、どんなにボロボロになってもゴミにはならない。人と人の間を巡り続ける物の美しさが必ずある。ブックオフを出ると外はさっきより暗く、寒くなっていた。マクドナルドのポテトはどこでも安く、どこでも美味しい。

 

 

 

 

2017.09.24

肌に触れる風は少し冷たく、長袖のシャツを羽織れることが嬉しく感じる。田んぼの横道には彼岸花が咲いていた。彼岸花は地獄に咲いている花なんだよと昔誰かに教えられてから、あの花はおれの中ですごく特別な存在だ。じ、地獄に咲いてるの、、!?だからあんな赤いのかすっげー、、と彼岸花を見つけるたびに少し興奮していた。夏が終わり、冬が始まる前、少しずつ寒くなっていく奈良はとても綺麗で、ずっとこんな日が続けばいいのにと思う。おれはこの季節に産まれた。25歳になった。

昔からの友だちの上東からおれの誕生日に連絡がきた。小学生の頃、同じ地区で違うチームのミニバスに入っていた上東はおれと同じぐらいの低い身長なのにとても上手くて目立っていた。憧れの存在だった。同じ市内の、おれは西中、上東は南中のバスケ部に入りよく練習試合をした。ポジションが同じでいつもおれが上東をマークしていた。気がつくと仲良くなっていた。そしてたまたま同じ高校に入り、もちろん2人ともバスケ部に入った。毎日必死に練習した。あいつより絶対先に試合に出るんだとたぶんお互い思っていた。良いライバルだった。ポジションが同じだが、たまにあいつといっしょに試合に出るときがあり、そのときは凄くワクワクした。おれたちはどこまでも上手くなるんだと思っていた。だんだんおれの方が試合に使われる頻度が高くなった。2年に上がるとき、上東は部活を辞めた。顧問が嫌いだったとか、練習がきつかったとか、色んな理由があったと思うが、1つ確実なことは、上東はプライドがとても高かった。高校を卒業して大学に入り、あいつは大学の友だちと居酒屋を開いた。今は奈良で二店舗の店長をしている。あいつなりにがむしゃらに頑張っているらしい。おれはバイト中、たまに酷く虚しくなるときがある。昼間の明るい時間にゴミ出しをするとき、光り輝く太陽に照らされる汚い制服のおれは、すれ違うスーツを着たサラリーマンたちがとても眩しくて見ていられなくなる。この前、ゴミ出しの帰り上東の働くビルの前を通ったとき、上の方で何か動いているものが見えてふと視線を上げると、満面の笑みの上東がこちらに手を振っていた。あの瞬間なんだかふと力が抜けて、心が軽くなった。

墨を入れる勇気もない、人を殴ったこともない、殴る勇気もない、バイトのブッチもできない、コンビニのおにぎりの値段を気にして、ただ毎日を普通に生きるおれたちは、友だちが頑張ってるという当たり前のような普通のことに、強く励まされる。9月の涼しい風は優しく体をすり抜けて、心を軽くしてくれる。おれは優しいこの季節が大好きだ。

 

 

 

 

2017.09.19

コンビニATMの前、残高の数字は久しぶりに見る高い金額だった。頑張ったんだなと少し感傷に浸っていた。その数字は音楽によるものではない。それでもおれは、バンドが仕事だと声を大にして言う。稼いだ金の量ではない。そう意識することがきっと大事なんだ。と、頭で思ってはいても、「お仕事何されてるんですかぁ?」と罪なほど能天気に聞いてくる美容室のお姉さんには「フリーターです」と言ってしまうときがある。説明がめんどくさい。そしてバンドの話しをそういう人にしている途中で少しでも自分を大きく見せようとする自分に気付いたとき、恐ろしく惨めな気持ちになる。人はカッコつけたい生き物なんだと思う。遠征から帰ってきたその日の夕方バイトへ行った。新婚旅行で沖縄へ行っていた店長はオリオンビールをおれにくれた。前のブログにも書いたことがあるが、この店には昔、今は辞めている酷く嘘つきの先輩がいた。その嘘のほとんどは自分を大きく見せるための嘘だった。車を売る会社を自分で立ち上げ今経営していると言っていた。毎月の給料は70万ぐらいあると言っていた。その先輩は長野の大学を休学していて、向こうの大学で出会った人と結婚し、その人は今奈良の大学に編入したので先輩も奈良にいるんだと言っていた。これは本当の話だ。できちゃった結婚で、産まれたばかりの子どもも1人いる。これも本当の話だ。バイトをしている理由は、奈良で友だちがいないから、友だち作りのためだと言っていた。ずっと続けている理由は、楽しいからだと言っていた。本当と嘘がおそらく混ざっていたので、どこまでが嘘でどこまでが本当のことかはわからないが、当時のおれはすべて信じていた。一年ぐらい一緒に働いて、月70万も稼ぎがあるのに週5で働き続ける先輩に違和感を感じ、段々嘘だったのかなと思うようになっていった。おれはその先輩が大好きだった。先輩はおれに優しかった。仕事に対しては真面目で丁寧な先輩は、たくさんのことを教えてくれた。上がる時間になってもなかなか言い出せない雰囲気だったときも、気を遣っておれを上がらせてくれた。先輩はおれの前でできるだけお金持ちのフリをしていた。コンビニでよくジュースを奢ってくれた。200円もするいくらおにぎりを奢ってくれたときもあった。先輩の嘘をまだ信じていたとき、200円のいくらおにぎりで興奮していたおれに「こんなん値段見たことないわぁ」と言う先輩をただ凄いとしか思わなかったおれは今考えるとただのアホだなと思う。先輩はおれと一緒にコンビニに行くとき、絶対におれにお金を出させなかった。出そうとしてもそれを拒否した。先輩の休憩中の晩御飯は家で奥さんににぎってもらったおにぎりだった。それを見てもまだ先輩の嘘を信じていたおれは本当にただのアホだなと思う。一度だけ、営業終わりに2人で居酒屋へ飲みに行ったことがある。その店は先輩の行きつけだったようで、店主と仲が良さそうだった。「こいつバンドしてるんですよ!なかなかカッコよくてね、凄いんですよ!」と酔って顔を赤くしながら店主におれのことを紹介してくれた。先輩のその得意げな顔が嬉しかった。何杯か飲んだあとビールのおかわりを頼むと先輩が「ましこ、もうそろそろやめとこか、店も閉まるしな」と苦笑いしながら言った。今思い返すと会計がこれ以上高くなることを恐れていたのかもしれない。2人で酔っ払い、じゃあなと駅で別れて始発で帰った。先輩と2人で会ったのはその一回だけだ。おれの前で先輩は、ずっとカッコいい先輩であろうとしていた。そんな先輩は、おれは車屋の社長という人に会ったことはないが、どの車屋の社長よりも魅力的で、カッコよく見えた。いくらおにぎりも、ジュースも、何杯も飲んだ生ビールも、たまにわけてくれた家のおにぎりも、全部カッコいい先輩のかけらだ。そんな先輩がおれは大好きだった。

 

2017.09.17

長崎の街へ着くと、雨は弱くなっていた。台風とはすれ違いになっていたらしい。リハーサルが終わる頃には、外はすっかり晴れていた。雨上がりの長崎の街並はいつにも増してとても綺麗で魅力的に見えた。THE FOREVER YOUNGのライブで少し泣いた。あの人たちの音は、くにさんの言葉は、くにさんの目は、人の心ど真ん中に突き刺さってくる。"頑張れ"なんて何の捻りもないど直球の言葉をあんなに大きな声で叫ぶくにさんは、誰よりも真っ直ぐ、その言葉の強さを信じている。あの人は平気で、「今日はお前らのために歌うからよ」とかライブ前に言ってくる。ステージの上で「今日は友だちのためにこの歌歌う」って叫ぶ。何度もフロアで見ているおれに歌いながら拳をむけたり、目を合わせ笑顔を向けたりする。自分のために歌うと言っている人の方が、孤独でカッコよく見えるときがある。でもくにさんは馬鹿なぐらい真っ直ぐ、誰かのために歌っていると公言する。その真っ直ぐな青さに、おれはいつも背中を押される。心を動かされる。あんな人、おれは今まで出会ったことがなかった。くにさんは運転待機らしく打ち上げには出なかった。打ち上げ場所の居酒屋で出てきたピッチャーのビールが今まで飲んだ事ないぐらい不味くて、一杯も飲まないまま柚子サワーみたいな名前のお酒を頼んだが、慣れない味に酒はまったく進まなかった。ホテルに戻ってシャワーを浴び、ベッドの上iPhoneをいじっていると目が疲れてきたのでアラームをセットして寝た。