goodbye,youth

増子央人

2019.05.24

福山から広島市へ向かう。最近、友だちの家で聞いてから、久しぶりにandymoriを聞いていた。今車内ではえーすけがiPhoneBluetoothに繋げて音楽を流しているが、さっきandymori1984が流れてきた。えーすけはこういうときいつも洋楽ばかり流しているので、そういう音楽がリンクすることは珍しい。おれはイヤホンを付けて16を聞いた。山に挟まれた高速道路を機材車が走る。晴れた空は真っ青で、窓の外には緑と青のコントラストがとても鮮やかに描かれている。白い画用紙にポスターカラーで描いたみたいだ。どこかの街で、いくらかの小銭が入った段ボールの前で地面に額を擦り付けて通行人に土下座をし続けていたあのお爺さんの目にも、ブラック企業のシフトに日々うんざりして人の悪口ばかり言う居酒屋の店長の目にも、ギャンブルに負けた日の父の目にも、酒に飲まれてグズグズのおれの目にも、この空は平等に青く、山は緑色に輝き、風は髪の毛を撫でてくれる。外の世界はこんなにも優しい。今日は各地で30度を超えているみたいだ。もうすぐ夏が来る。海を見に行きたい。そうだ、今日は海を見に行こう。

 

 

 

2019.05.16

近所の閉店したたこ焼き屋の前には新しい3階建ての小さなビルが建っていた。その場所はずっと工事中だったが防音シートがなくなってまるでそこに突然現れたかのように綺麗なビルが建てられていた。おばあちゃんが1人で経営していたたこ焼き屋の窓ガラスには"店を閉めさせて頂きます 長い間有り難うございました"の貼り紙が申し訳なさそうに貼り付けられていた。バイト先では、大学生の後輩が「僕、〇〇とやったんすよ」と、先月に店を辞めた女の子とセックスしたということを暴露していた。おれには関係なかったがその女の子は少し可愛かったので、妙な気持ちになった。気分の良いものではなかった。営業中暇だったので、最近名前をよく聞くバンドのMVをYouTubeで見てみたが、何も良さを見出せず驚くほど無駄な時間を過ごした気になり見るのをやめてiPhoneをポケットに閉まった。家に帰ってきて部屋のドアを開けるとシンクの横に溜まった缶からうっすらとアルコールの匂いがした。昼過ぎにライブハウスに入りをしたときのバーカウンター付近の匂いと同じ匂いだった。少し嫌な気持ちになった。部屋干ししていた洗濯物を畳み、洗濯機を回して溜まっていた洗濯物を干した。あの瞬間はいつも死ぬほど面倒くさい。今日もなんとか洗濯物を干した。主婦は、母は、偉大だ。部屋は洗剤の清潔な匂いに変わっていたが、やはりシンク付近だけは乾いたアルコールの匂いがした。スタジオへ行く前にローソンの前で見た夕陽がとても綺麗だった。明日、缶をまとめて捨てようと思った。

 

 

2019.05.10

窓から見える夕方の奈良に桃色の西陽が差し込み、どこからかカラスの鳴き声が聞こえてきた。カァ、カァ、と、街に夕方を知らせている。近くの神社で鐘が鳴った。その鐘の音はまるでおれにしか聞こえていないような、隔離された、少し侘しい音だった。いつも通りバイトを終えてスタジオへ向かおうとしたら、近鉄電車が人身事故で止まっていた。河内小阪駅付近で誰かが線路に飛び込んで、線路の間にバラバラの物体が飛び散っていたらしい。大丸ビルの飛び降り自殺の時のように、目の前にいるこの人は線路に飛び込むだろうな、とわかっている状況なら、人々は、その人が飛び込む一部始終を何も言わずにスマホで撮影をするのだろうか、おれがその場にいればどうするんだろう、と無意味なことを考えていたら、40分遅れの難波行き準急がホームに到着した。The Get Up Kidsの新譜を聴きながらスタジオへ向かった。バラバラの物体。自殺。事故。SNS。自己承認欲求。波が太陽の光でチラチラと白く瞬くように、言葉が頭の中で浮いたり沈んだりしていた。

今日の金曜ロードショーは映画ではなかったらしい。華金を外で飲み明かすのも素晴らしいが、映画を見て夜更かしするのもとても好きだ。スタジオからの帰り道、最近ライブであまりしていない、Age Factoryのロードショーを久しぶりにApple Musicで聴いた。この曲のMVでえーすけが弾いているギターはLOSTAGEの拓人さんからたまたま借りたテレキャスで、そのテレキャスは拓人さんがbloodthirsty butchersの吉村さんにお前はテレキャスいいと思うと言われて買ったものらしく、そして偶然、えーすけがそのテレキャスを借りて撮影したロードショーのライブMVの公開日が2016年5月27日、吉村さんの没後3年目の命日だった。THROAT RECORDSで五味さんからその話を聞いて驚いたときのことを思い出していた。家に着いて、明日のCOMING KOBEの準備をした。シャワーを浴びて、コンビニで買ってきたおにぎりを食べて、ビールを飲んだ。テレビをつけると滋賀の大津で園児の列に車が突っ込んだ事故のニュースが流れていた。テレビを消してラジオをつけた。ソファに沈みながら、松原さんが生前書いていたブログを検索して読んでみた。人が死ぬことについて考えてみたが、すぐに眠たくなってしまったので、残っていたビールを流しに捨て、歯を磨いて寝た。

 

 

2019.05.04

先月から、バイト先の居酒屋に中国人の社員が入ってきた。以前までは大阪の系列店に勤務していて、4月で奈良に移動してきた。その人は50歳ぐらいで、もう20年以上日本で暮らしていて、日本語は一通り話せる。でも敬語はほとんど使えない。とても優しくて、親しみやすい人柄だ。22歳の息子がいると言っていた。困ったときの表情が、少し父に似ていた。2人で朝の仕込みをしているとき、「ここのアルバイトはみんなおれの息子といっしょぐらいだから、みんな息子みたいなもんだから、だから私楽しい」と笑顔でおれに話してきた。その人は少し仕事の効率が悪い。そのせいで、毎日のように店長に怒られている。店長は24歳。昨日もその人は仕事が遅いからという理由で怒られていた。店長は出勤するなりすぐに、たまに店に来る係長がその人に怒るときのモノマネをして、1人で笑っていた。何が面白いのかわからなかったが、気がつくとおれは愛想笑いを浮かべていた。癖付いてしまっているらしい。店長はそのあとに少し冗談っぽく、「〇〇さんほんま仕事なんもしてないすもんねえ、そのしわ寄せが全部僕にきててしんどいんすよ。僕なんかゴールデンウィーク1日も休んでないんすよ?もっとちゃんと働いてくださいよ。」と中国人の社員に言った。時々笑いながら冗談っぽく言っているふりをしていたがそれは確実に本音だった。「それぼくのせい?」中国人の社員が言った。やっぱり困った顔が父に似ていた。「そうです全部〇〇さんのせいです」店長が笑いながら言った。店長だけが笑っていた。おれは聞こえていないふりをして何も言わずにキャベツを切っていた。

店長は中国人の社員と話し終えると、おれに「そういえば増子さんのバンドはいつテレビ出はるんですか?」と聞いてきた。音楽に対して無知な人からその類の質問を受けても、もう何も思わなくなった。店長がおれに投げたその言葉は少しも腹黒くなく、言葉以上の意味は持っていなかった。そう思うようにした。「いやあテレビとかはまだまだ全然出ないですねえ」と言うと店長は、ああそうなんですねえ、と言いながら、下手くそな笑みを浮かべていた。その瞬間の間が面倒くさかったので、すぐに目線を手元のまな板に戻した。休憩時間に居酒屋の個室から見た空は別世界のように真っ青で、外は暖かそうだった。イヤホンをつけて座敷に寝転がりながら、MGMTのTime to Pretendを聞いた。踊りたいとは勿論思えなかった。家に帰ったらまずビールを飲もう。そう思った。

 

 

 

2019.04.23

なら100年会館の前の広い階段に座っている。休憩時間はあと30分程で終わる。スウェット一枚だけでも少し暑い。右手に持つハイネケンの瓶は中身がもう少しでなくなる。残っているビールは人肌ぐらいにまでぬるくなっている。やっぱりビールなんか早くに飲み干さないと美味しくない。ただ風は気持ちいい。下の公園では3人の女子高生たちがiPhoneを片手にダンスの練習をしている。お互いがお互いを撮り合ったり自撮りしたらしながら楽しそうに踊っている。そのすぐ近くでは小学生ぐらいの女の子が4人、4人とも両手に泥団子を握りしめて輪になって何か話しをしている。その前をベビーカーを押すお母さんが通り過ぎた。そのすぐ後ろで柴犬を散歩する男の人が歩いている。柴犬は一瞬立ち止まってこちらを見て、またすぐ走り出した。君は尊い。どうか、そのまま最期のときまで、人の愛に触れ続けていてほしい。無垢な瞳を見て、ふと思った。君は、迷ったりしないのだろうか。おれは最近、迷ってばかりいる。君は、迷ったりしないのか?…何を考えているのかさっぱりわからないや。まあいいか。

昨日スタジオで、新しい曲が完成した。まだ完全ではないが、8割がた完成した。持ってきたパソコンで録音したその曲をスタジオのスピーカーにつないで大きな音で聞いた。曲が終わってからえーすけはぼそっと独り言のように、売れたらいいなあ、と呟いた。その言葉は凄く自然に、吐息のように狭いスタジオで漏れ出ていた。誰に言ったわけでもなさそうだったので、その言葉は新曲の残響とともにスタジオの中で孤独に浮かんですぐに消えた。大丈夫、きっと売れるで。心の中で相槌を打った。

不安と不満が混濁している夜も、スタジオで曲を鳴らせば、ボーカルの叫び声が、ギターの唸る音が、ベースの優しい音が、ドラムの振動が、まるで麻薬のように、砂浜に描いた落書きを波がかき消すように、心のもやをどこか遠くの方まで飛ばしてくれる。とても不思議な気持ちになる。

そんなことを階段に座って考えていたら、小学2年生ぐらいの男の子1人に声をかけられた。真っ赤なTシャツに紺色の短パン、キャップを被った、元気そうな男の子。「もしかして、ユーチューバーの方ですか?いっしょにいた友だちが似てるって言ってて」と、恐る恐るおれに言った。少し笑ってしまった。違うよ、と言うと、すみません、と言って恥ずかしそうに去って行った。時間が来たので、バイト先へ戻った。知らないうちにハイネケンの瓶は空になっていた。

 

 

 

2019.04.16

薄く青い岡山の空に碁石のような鴉が一羽浮かんでいる。街はすっかり春めき、自転車にまたがる女子高生のスカートはやらしさを持たずに無邪気に揺れている。遠くの方に山が見える。綺麗な緑色をした木が生い茂り、山もまた春を歓迎しているように見える。

THE FOREVER YOUNG。おれにとってとても大切なバンド。フロアで自然と涙が溢れた。涙が溢れるなんて、そんなにあるもんじゃない。走り続ける背中はとても暖かく、きっとおれは前が見えなくなったとき、あの人たちのライブをまた見に行く。くにさんがいてくれてよかったと、心から思う。

アメ村に到着して、リハまで時間があるので少し歩き、マクドに入った。相変わらずこの街は好きな部分が一つも見当たらない。路上まで聞こえる無駄にでかい店内BGM、人とすれ違うたびにする苦手な香水の匂い、群れることで強気になった少年少女たち、気のせいだと思うが空まで濁って見える。今日はこの街でライブをする。

 

 

2019.04.03

奈良では桜が咲き始めた。部屋で久しぶりにラジオをつけた。FM89.4、中学生の頃によく聞いていた、アルファーステーションのチャンネルに合わせた。求めていないのに流れては去っていく雲のように、エレファントカシマシの四月の風やoasisのDon't Look Back In Angerが流れていった。やはりラジオは良い。勝手に流れてきたメロディーがもし求めていたものだった場合、勝手に必然性を感じ、その曲がより好きになる。親と喧嘩をして飛び出た庭の隅で源太郎が舐めてくれたときに感じた、お前だけはわかってくれてるんだよな、というあの感覚が、ラジオにはある気がする。つまりもたれかかって良いのだという感覚が。なぜなら良くも悪くも向こうからの感情はないからだ。日々はただ、苛立ちとともに過ぎていく。北海道からの帰りのフェリーの上で、これからのことをたくさん考えた。帰りのフェリーは1人だった。驚く程気が楽で、体が軽かった。昔から、1人の時間はやはり、体と心の休息になる。長ければ長いほど嬉しい。1人の時間には、色んなことを考える。帰ってからの生活のこと、バイトのこと、スタジオのこと、国民健康保険のこと、自分のやりたいこと、好きなこと、嫌いなこと、奈良県のこと、東京のこと、行ったこともない外国のこと。考えているうちにフェリーは敦賀港に着いた。外は日が落ちて暗く、冷たい雨が降っていた。

ラジオからは京都の交通情報が流れてきた。おれには関係ない。パーソナリティの声はやはり雲のようにおれの頭上を流れていった。日々を、やりたいことを、やるべきことを、できるだけ楽しみながら、生きていたい。