2019.01.10

近所のダイコクドラッグに、外国人の女性店員がいる。ヨーロッパ系のその人は、驚くほど愛想が良い。ずっと笑顔で、とても丁寧に、一生懸命に接客をしている。話す言葉はカタコトの日本語だが、日に日に発音が上手くなっている気がする。それを見るたびに、おれは毎回、背中を叩かれる気持ちになる。たぶん気付いていないだけで、この世界にはこういうことが沢山溢れているんだと思う。

Age Factoryはアジカンのツアーに誘われた。これは凄いことだ。正月明け、昼飯に900円の定食を食べて少し罪悪感に駆られた。バイト先のダメ社員は昨日2週間ぶりに1日休みだったらしく、15時間寝たわあ、だから今元気やわあと言っていた。よかったすね、と返した。バイト先にバンドマンの後輩がいるが、そいつのバンドは先月解散した。今年の春プロのカメラマンを目指すため東京へ行くと言っていた後輩を飲みに誘ったら、今東京に物件見に来ています、と返信が来た。上東の店に友だちと飲みに行って、会計が終わって店を出ようとしたとき、ラブミュージック見たで、録画もしたで、頑張れよ、と上東に言われ背中を軽く叩かれた。嬉しかった。日韓問題が、、吉田沙保里選手が引退記者会見を、、24歳男性が父親を殺害、、テレビから他人事のように流れるニュースをビールを飲みながら見ていた。明日は金曜ロードショー耳をすませばが放送されるらしい。だらだらだらだら、奈良での日々は進んで行く。

 

2018.12.21

窓の向こうには青空、暖房の付いたこの部屋は乾燥していて空気が悪い。外は冬、おれは半袖でバイト先の居酒屋の個室に寝転がっている。休憩時間はもう少しで終わる。今年の年末年始はバイトすることになった。あれ、もう今年が終わる、部屋に置いてある空き缶をさっさと片付けないと、掃除機もかけないと、5日前から干されっぱなしの洗濯物もたたまないと。手から生魚の匂いがする。店長が来る前に慌ててつまみ食いした昼飯のせいで胃がもたれている。天井から吹く乾いた空気がやる気をどんどん奪っていく。乾いてひび割れた唇の皮を上下の歯で破り取って食べた。

今読んでいる小説は気色の悪い描写が多い。豚の死骸の近くで交尾する汚い野良犬、その犬を殴り殺して売ろうとする少年たち、泥酔の衛兵、あとなんだっけ。小説を読んでいる間は現実世界の思考が止まる。読んでいない間は現実世界の思考が進む。窓の外の空が曇ってきた。遠くで踏切の音が聞こえる。橿原神宮前から発車した奈良行き快速急行があの人の家の前を通過した。大和西大寺駅で乗り換えて、おれたちは銀河の果てへ向かう。メロンソーダフロートの上に乗っているアイスクリームと星々がなる木を横目に快速急行は走る。札束でできた渡り鳥の群れが電車の前を通り過ぎた。捕まえれば億万長者になれたのに、惜しいことをした。線路は空と空を繋ぐ。誰かが書いた架空の話が頭の中を駆け巡り、自由な思考が一人でに走る。不自由なこの個室の窓から見えるあの曇り空に溶けた自由な思考は休憩時間の終わりと供に浄化した。手から生魚の匂い。

 

 

2018.12.17

高3の夏、そのとき組んでいたコピーバンドのスタジオで、初めてRe viewのCDを聞いた。青い目のジャケットで3曲入りの1st ep。同い年で、全部自分たちのオリジナルの曲だということを聞いて、とてつもない衝撃を受けた。こんなにカッコいい奴らが同い年で奈良にいるのかと、そのときは、ただやべえ〜凄え〜としか思わないぐらい、おれとはステージの違う話だと思っていた。

冬が過ぎて受験も卒業式も終わった3月に、通っていた高校の卒業ライブを奈良ネバーランドで行なった。勿論全バンドコピーバンド。その日、てるがJKを見るためにネバランに来ていた。マキシマムザホルモンRADWIMPSのコピバンをしたおれに、ライブ後、てるがデモCDを渡してきた。Re viewってバンドやってます、よかったら聞いてください、と言って、青い目のジャケのCDを渡された。おれは驚いたし、なんでコピバンで叩いていたおれに渡してきたのか不思議だったけど、ドラムを認められた気がして嬉しかったのを覚えている。

DROP CLOCKに入ってから、Re viewとより濃く付き合うようになった。名古屋にいっしょにライブしに行ったとき、てるが打ち上げで女ばかり口説いて全然飲まないどこかのバンドのボーカル(まったく誰だったか覚えていない)にキレて喧嘩になっていた。いつも大体てるが間違っているが、そのときはたぶんてるは間違ってはいなかった。OVER ACTIONと対バンの日の打ち上げは、2人でよくますのりさんに挑んだ(酒で)。ほぼ毎回返り討ちに合っていた。たまにもう飲みたくないと思って逃げたくなったときは、ゆうまの近くに行って休憩していた。打ち上げでゆうまの姿を見ると少し安心した。てるが交通事故で鎖骨を骨折したときは、ネバランでRe viewのサポートドラムを叩いた。その日はRIDDLEが奈良に来るという日で、ゆういちもゆうまもおれもとても興奮していた。ライブ前日にスタジオに入って、そのスタジオにはてるも来た。完コピしたおれを見ててるは悔しそうに笑っていた。次の曲絶対コピーできひんぐらい難しくしたろ、と言っていて、本当にそのあとに出来た新曲のドラムが複雑で、初めて聞いたときなんだか笑ってしまったのを覚えている。初めて東京のサーキットイベントでAge FactoryとRe viewが同じ日になったときは嬉しくて、新宿でゆういちと飲んだ。最近の話やこれからの話を沢山した。

何度も何度も泥々の夜を一緒に超えた。覚えているのは喉の奥から上ってくる苦い胃液の味と、なんとなく楽しかったということ。同じことを何回も繰り返して、気がつくとおれらは26歳になっていて、周りはすっかり大人になっていて、就職をして、結婚したやつもいて、子どもがいるやつもいて、おれにとってまだそういう話は別世界の話で、遠い先にそういうことを想像してもやっぱり現実味がなく、嘘の世界の話を想像しているみたいな気持ちになる。Re viewは唯一、同い年で近い思い出を沢山持っていて、奈良で同じような気持ちになっている奴らだろうなと勝手に思っていた。ゆうまは父になるんだって。まだ想像がつかない。きっとあいつもまだ想像がついていない。みんなきっとそうやって、走っているうちに大切なものができて、ぼやっとしたまま小さい頃想像していた幻想のような現実に突っ込んで、無理やり大人になっていく。その勇気や覚悟はやっぱり、おれにはまだないものなので、とても偉大で大きく見える。

昨日のRe viewのライブはあんまり良くなかった。だから早く昨日を更新してほしい。最高を更新し続ける奴だけがカッコいい。そんな姿だけを見せ合いたい。

 

 

 

2018.12.02

渋谷www xでのワンマンライブが昨日終わった。ずっと昔から見てくれていた人たちは尚更、昨日の夜の光景がどれほど特別なものだったかわかると思う。ステージから見えたみんなの顔は、とても輝いていた。何度も何度もグッときて、涙を堪えた。感情が高鳴れば高鳴るほど、不思議と演奏に集中できた。スティックが手に触れている位置やスネアのヒットの位置、椅子に対する身体の重心の位置、リズムを取る左足の高さ、えーすけの手の刻み、いつもよりも目と耳の感覚が研ぎ澄まされていた気がする。WORLD IS MINEのイントロで、ダイバーが出た。あれは間違いなく、おれたちのライブでは、初めてのダイバーだった。別にダイブが起きるから良いライブという訳では勿論ない。だがあれは、彼の感情が爆発して飛んだように見えて、ダイバーが出るなんて勿論こちら側も予想していなかったので、セキュリティーなんて当然おらず、袖で見ていたスタッフが慌てておろしに行って、その光景が全部、美しかった。歴史の変わり目のような、そんな一日だった。そして昨日は当たり前だが過去なわけで、もうおれたちの興味はそこにはない。今週末には大阪でのワンマンライブが控えている。その日で正真正銘、GOLDツアーが終わる。がむしゃらに走って、最高を更新し続けたい。

 

 

 

 

 

2018.11.17

機材車は福岡から奈良へ帰る。ircleとbachoと回る二日間が終わった。

昔、大学辞めて就職をせずバンドをやると言ったおれに母さんは、大人になって惨めな思いをするのはあんたやで、私はあんたにそうなってほしくない、と言った。惨めとは、一体何だろう。母さんあなたは、ステージの上のあの、唾や汗を飛ばして何年間も戦い続けるあの人たちを見て、惨めな大人だと思うのでしょうか。

昔、バイト先の先輩がバイト先を辞めて就職してから1年後に店に来たとき、まだキッチンで働いているおれに、お前まだおんの?まだバンドなんかしてんの?と言った。馬鹿にした目で、笑いながらそう言った。あなたはやっぱり、ステージの上のあの人たちを見ても、あのときと同じ目で笑うのでしょうか。

打ち上げでは瓶ビールをグラスに注いで、何かあればこじつけてみんなで一気に飲んだ。一体何年同じことをしているんだ。どうしようもなくアホで不器用だけれど、どうしようもなく不器用なそんな夜が、たまらなく愛おしく感じた。同じことを繰り返しても、同じ夜はないんだと思う。おれはbachoとircleが、あの8人の大人が、大好きだと思った。

GOLDツアーは11月とともに折り返し残り半分。

 

2018.11.10

高松を出て機材車は高知へ向かった。真っ白な画用紙の上にポスターカラーの青をぶちまけたような真っ青な空は、あそこまで青いとおれとは全く関係のないような、宇宙の果てを見ているような、テレビのリゾート地特集の番組で遠い海外の透き通る綺麗な海を見ているような、母に抱かれた、疑うことを知らない赤ん坊と電車で不意に目があった時のような、まあとにかくそんな空の青さが酷く他人事のように感じて逆に虚しくなった。機材車の中にはメンバーとスタッフ3名の計6人が乗っていた。とにかく早く1人になりたかった。

この世にはお金以上に大切にしないといけないことが沢山あると、父が教えてくれた。でもお金で人生は充分に狂うし、大切な人も離れてしまうということも、父から学んだ。夏の夕暮れの寂しさ、秋の鈴虫の綺麗な鳴き声、冬の雪の味、春の陽射しの優しさ、犬の目の綺麗さ、無限に輝く星の果てしなさ、近所のおじさんの優しさ、この地球の素晴らしさ。色んなことを、父から学んだ。人が惨めだと感じる瞬間はなんだ。26にもなって給料日前に口座に1000円も入っていないときか。後輩と飲んで何も言わずに会計を割り勘にしてもらったときか。チンピラに絡まれ殴られた友だちのことを見て見ぬ振りをして自分だけ逃げたときか。50を過ぎて実家に帰ってアルバイトをしているときか。夢がなくなったときか。まだおれにはわからない。宇宙のことを考えると、これらの話は驚くほどちっぽけなことのように感じて、自分がどれだけ小さなことで脳みそを使っているかが浮き彫りになる。だから宇宙の話が好きだ。面接官、あなたが紙切れ一枚と30分でおれの全てを判断できないのと同じように、おれも宇宙のことなんて26年生きた程度じゃ何もわからない。そんなことを考えていたら眠くなってきた。ライブハウスへ戻る。

 

 

 

2018.11.05

東館駅から郡山駅に向かう列車は風景とは似合わないような近代的な見た目で、列車の中にはトイレまで付いていた。緑に覆われた山の中を鮮やかなペンキで塗られた列車が走る。たまに鳴る汽笛の音が、山の風景にとても似合っていた。

昨日、父はライブハウスへ来た時点で既にベロベロになっていた。1人で15時から飲んでいたらしい。恐らくライブハウスというものに慣れていないから緊張していたんだと思う。GEZANのライブ終わり、フロアから後ろの楽屋へ戻ろうとしたら父がバーカウンターに頭をつけたまま寝ていた。もうこの人は駄目だと思った。終演後、バーカウンターへ行くと、東京で一人暮らしをしている妹がサプライズで来てくれていた。だがおれは妹が来ることを知っていた。まあ色んな事情があり、父はおれに、妹が来ることを電話で話してしまっていたのだ。それをライブハウスへ来てから知った妹は父にブチ切れ、しかし父はベロベロ、中々訳の分からない空間だった。ハコで軽く打ち上げをし、おれは2人が飲んでいる居酒屋へ行った。2人はまだ喧嘩をしていたようで、カウンターに座る2人は背中を向けあい父は熱燗を、妹はなんだかよく分からない酒を飲んでいた。久しぶりに3人で飲むというときに、なんて悪い空気なんだと、おれはもはや半笑い状態だった。なんとか仲直りをさせ、2軒目に小洒落たバーに行き、そのあと父だけホテルに戻りおれは妹と初めて2人で飲んだ。確か朝の5時頃まで飲んだ。昔の話やこれからの話を沢山した。そしてホテルに戻り、シャワーを浴びてチェックアウトの時間まで泥のように寝た。

次の日、チェックアウトしてメンバーは仙台へ先に行き、おれだけ父と妹と合流した。父が絶対におれたちに見せたいと熱弁してきた、郡山駅の隣の、科学館のような場所の22階にあるプラネタリウムに朝から連れて行かれた。昨日のライブ前、父は1人でここへ来てプラネタリウムを見て泣いたらしい。父の感受性におれは感心した。確かにプラネタリウムは素晴らしかった。スクリーンに南半球の星空を映し出して、それをスタッフのお姉さんが解説してくれた。夜空に浮かぶ星を見て星座を作った昔の人たちの想像力は凄い。だって水瓶座なんて、どことどこをどう結べばあんなことになったのか、さっぱりわからない。恐らく何でもありなんだ。今車窓から見えるあの雲が鯨に見えると言えば鯨に見えるし、パイプを逆さにしたようにも見えるし、少し変形したギターのようにも見える。限りなく無限な空の話は、大体何でもありだ。プラネタリウムのあと、郡山駅から車で2時間かけて矢祭町のばあちゃんの家に向かった。今父が暮らしている場所だ。山の中へ進むにつれてどんどん緑は深く、空気は透明になっていった。ばあちゃんちに着くと、キラキラした瞳のばあちゃんと叔母さんが出迎えてくれた。おれたちはすぐに用意してくれていた昼ごはんを食べ、じいちゃんの墓参りに行った。墓参りのあとに、近くに川があったので降りた。一緒にいた叔母さんが、ここの水汲んでじいちゃんにかけてやったらいいじゃん!と言うと、父さんは、かおり良いこと言うなぁ、と、本当に心底そう思ったのだろうなという顔で叔母さんに言い、持ってきていたペットボトルに水を入れて、じいちゃんの墓石にその水を掛けた。じいちゃんはその川が大好きで、よく降りていたらしい。じいちゃん喜んでっぞぉ〜、と叔母さんは笑いながら言っていた。そのあと家に戻り、おれは少しだけ寝た。18時ごろに起きると、掘りごたつが外されて、串刺しにされた鮎とヤマメが15匹ぐらい囲炉裏の周りにぶっ刺されていた。庭では炭が空気の通り道を確保できるように積まれて、BBQの準備が整っていた。家の周りには街灯はまったくなく、少し先も見えないほど、真っ暗になっていた。その日は曇っていたので星は見えなかった。みんなで火を囲ってビールを飲みながら肉や魚や野菜やウインナーを沢山食べた。Age Factoryはこれからどうなっていくんやろなぁ、楽しみで仕方ないなぁ、と父はニコニコしながら言っていた。顔が赤かったが、それが酒によるものか、火によるものかはわからなかったが、恐らく両方だろうなと思った。途中で大きな蛾が飛んできて、網戸に止まった。ばあちゃんは、これはじいちゃんかもしんねえなぁ、きっとあかりと央人が帰って来だがら、じいちゃん顔出しに来たんだぁ、と真剣な目で言っていた。ばあちゃん曰く、蛾や蝶は、死んだ人の魂が宿って、飛んでくるらしい。その蛾は、庭でおれたちが話をしている間、ずっと網戸に止まって動かなかった。こんなことはなかなかないよ、と父さんも驚いていた。あれはほんとにじいちゃんなのかもしれないなと、おれは缶ビールを飲みながら火の向こうの網戸に張り付いた蛾をぼーっと見ていた。

たらふく食べて、風呂に入って、ばあちゃんが敷いてくれた布団の中で、ゆっくりと眠った。いつもより深く眠れた気がした。朝起きると叔母さんが朝ごはんを用意してくれていた。それを食べて、出発の準備をした。家を出るとき、ばあちゃんはおれの手を強く握りしめて、また来てくれな、と言った。父さんのこと、よろしく頼むな。頼むな。と続けて言ったばあちゃんの目には涙が浮かんでいた。おれは、うん、大丈夫、わかったよ。と言って、手を離した。最後にみんなで写真を撮って、最寄り駅まで父が車で送ってくれると言うので、車に乗って駅へ向かった。電車に乗る前、父は餞別だ、と言って、お金の入った封筒を渡してくれた。これが今のおれの精一杯だ、すまんな、と父は照れ臭そうに笑っていた。まだ父が奈良に住んでいたとき、父が福島に帰ることが決まってから、父はおれのバイト先の居酒屋によく1人で飲みにくるようになった。1人でふらっと来ては、央人いますか?とホールの女の子に聞いて、おれが厨房にいることを確認するとそのまま店で1時間ぐらい飲み、ふらっと帰る、ということが、よくあった。ある日、父がいつものように飲みに来て、帰り際、増子の父さん帰るぞ!と店長が厨房にいるおれをレジに呼んだ。おれはなんだか照れ臭かったのでさっさと帰ってほしかった。レジで父さんはおれに近付いて、おれのズボンのポケットに何かを入れて、店長に聞こえないような小さな声で、これでなんか美味いもん食え、と言って、店を出た。ポケットからそれを取り出すと、それは何回も折られて小さくなった箸袋だった。その中には同じく何回も折られた五千円札が入っていた。恐らく父は、おれがお金を渡されているのを店長に見られると恥ずかしいだろうと思い、箸袋に無理やり詰め込んだんだろう。何故か涙が出そうになったのをぐっとこらえて、厨房に戻って皿洗いをした。こういうのは、金額の話じゃない。その五千円札は、父の優しさと苦労が染み込んだそのくしゃくしゃの五千円札は、とても重たかった。東館駅から乗った列車の中で、そんなことを思い出していた。父は、おれが出会ってきた人の中で誰よりも優しくて、暖かくて、少し弱い。父には父の人生があり、妹には妹の人生があり、おれにはおれの人生がある。ただ真っ直ぐに走って、たまにこうやって集まって、また真っ直ぐに走る。夢の世界の出来事のような、ばあちゃんちでの特別な時間はあっという間に過ぎて、矢祭町から離れていく列車は汽笛を鳴らしながら郡山駅へと走った。今日はGOLDツアー2本目、仙台へ向かう。